第53話:ししょーのすごいぱんけーきをじまんします!
もぐもぐもぐもぐ。
マメーがにこにこと笑みを浮かべながらサンドイッチを、次いでスコーンとケーキを頬張る。
「けーきおいしい!」
「そうでしょうそうでしょう」
マメーの言葉にルナ王女はご満悦だ。
「こちらリンツァートルテのシュニッテンです」
クーヤがケーキの名前を言う。
「りんちゃーとるてのすってん」
マメーが復唱するように言った。
リンツァートルテとはシナモンとヘーゼルナッツの香りが漂う生地にベリーのジャム、上には生地で格子模様が描かれた焼き菓子のケーキのこと。シュニッテンとはそれをカットしたものであるということだ。
菓子の名前は複雑だ。これもはるか古代の地方の名前がついたものである。もちろんマメーがそれらに詳しいはずもなかった。
「すってんもすこーんもおいしい!」
マメーの言葉にふふんとルナ王女は自慢げな笑みを浮かべて問うた。
「あなたのお師匠さまのお菓子とどちらが美味しいかしら?」
「ししょーのすごいパンケーキ!」
マメーは即答した。
王女はじっと師匠を見つめる。
「魔女のおばあさま、一度それいただいても……?」
師匠は苦笑する。
「子供だから味の良し悪しがわからんだけさね」
「わかるもん、ししょーのすごいパンケーキ、ちょーおいしいもん」
王女と侍女の視線が師匠とマメーを往復する。
「ほら、マメーちゃんそう言ってますよ」
「パンケーキにアイスものってて、さいきょーだからね!」
「これ、マメー……」
師匠は止めようとしたが、女性たちの熱量には届かなかった。
「アイスとはまさかアイスクリーム!?」
クーヤが思わずといったように驚きを口にし、マメーはこくんと頷いた。
アイスクリームを食べるには氷点下の調理環境が必要である。
「食べたのは冬にかしら?」
「ううんー、おとといもウニーちゃんとたべたよー」
ウニーとブリギットが森の小屋に滞在し、帰る前にごちそうが振る舞われたのだ。その時にもマメーのリクエストで師匠の凄いパンケーキが供された。もちろんウニーも大好きである。
ウニーちゃんが誰かは分からないが、さすがは魔女であるとルナ王女は感心した。
「どんなお味なのかしら?」
「ししょーのすごいパンケーキのアイスは、すごいアイスだからねー。しろくて、すごいちっちゃい、くろのつぶつぶがはいってて、いいにおいがするんだよー」
クーヤが再び叫ぶ。
「それは……バニラではないのですか!?」
「そだよー」
マメーはこともなげに肯定するが、それは尋常なものではない。
彼女はバニラと言った。それも黒い粒が入っているといった。バニラを漬け込んだバニラオイルではなく、真にバニラ・ビーンズを使用しているということである。
バニラ・ビーンズ、それはサフランなどと並び、食用として流通する植物で、同じ重さの金貨でも買えないもののひとつであった。
姫たちの刺すような視線が師匠に注がれる。
師匠はそっぽを向いて紅茶を口にした。
「それよりお客さんだね」
部屋の出入り口で警備をしている兵から連絡がきている訳でもなければ、何か物音がする訳でもない。
だが師匠はそう口にし、次いでゴラピーたちが鳴いた。
「ピキ?」
「ピ」
「ピュー」
彼らはフィンガーボウルの中で首を傾げ、それから揃って部屋の方を見る。
「おきゃくさん?」
マメーが尋ね、師匠は頷く。
「一応、ゴラピーたちを隠しときな」
「ん、わかった」
そう言うなりゴラピーたちは器の縁を乗り越えて、タオルの上に着地する。てしてしと足踏みしたり、タオルの上でごろごろと転がって水気を拭ったりし始めた。
ルナ王女が再び身を乗り出して覗き込もうとして、ハンナに頭を押さえられている。
「ピー!」
黄色いゴラピーがてちてちとマメーのもとへと向かい、抱っこをせがんだ。
「あいあい」
マメーは黄色いのを抱き上げると肩の方に持ちあげた。黄色いのはごそごそとローブのフードの中に潜っていく。赤いのと青いのもそれに続いた。
そして彼らが隠れ、クーヤが器とタオルを片付けたあたりで、兵士が来客を告げにやってきた。
「宮廷魔術師のランセイル殿がいらっしゃいました」
「ランセイルか」
ルイスがぼそりと呟く。知己であるようだ。ルナ王女が言う。
「いまわたくしの角を診てくれている魔術師の方ですわ。お通ししても?」
「ああ、そいつはどのみち話をせにゃならなかったね。紹介してくれるかい?」
師匠はそう答えた。
「ええ、もちろんですわ」
ルナ王女が頷くと、ハンナが兵士とともに部屋の扉の方へと向かう。ランセイルを呼びに行ったのだ。
マメーは振り返ってルイスを見上げた。
「しってるひとー?」
「ええ、友人ですよ。私は騎士で彼は魔術師と所属は違うのですが、歳も近いので」
「へぇ?」
師匠はぴくり、と眉をひそめた。
「何か?」
「いや、なんでもないさね」
ルイスが再び問いかけようとした時、ベランダの入り口から低い声がかけられた。
「失礼します」
彼がランセイルであった。
「ご機嫌うるわしゅうルナ王女殿下。ご尊顔を拝謁賜り恐悦至極に御座います」
「楽にしてちょうだい、ランセイル」
王族への礼を守り、腰を折ってベランダへと入ってきた男はそこですくりと立ち上がる。
20代後半か30代前半、確かにルイスと同年代であろう男性だった。身長も長身でありルイスに劣るまい。だがその厚みは半分くらいしかないのではというひょろりとした体躯で、金糸で縁取りと刺繍のされた宮廷魔術師のローブを身に纏っていた。
そして黒く、長めの髪を後方へと撫で付けている彼は、彫りの深い顔の奥から鋭い視線でベランダの面々を見渡したのだった。








