第51話:おちゃかいします!
師匠は言う。
「まあ感染るようなもんじゃあないだろうけどね」
どのみち、一国の姫に角が生えているなどという情報は広まらないに越したことはない。治るまで使用人の数は制限されるであろう。
「それよりすごいのよ、ハンナ! 魔女のおばあさまが今のほんのちょっとの間に角を軽くして、肩の痛みを消してくれたの!」
「まあまあ、それは良うございましたね、姫様。魔女様、ありがとうございます」
そう言って丁寧な礼を師匠にとる。
師匠はふん、と鼻を鳴らして手を振った。
「治した訳でもないのに、そんなに感謝されたら困惑しちまうよ。で、茶でも用意してくれたんだろう?」
「ええ、そうですわ」
ルナ王女がそう言えば、もう一人の侍女であるクーヤが王女に尋ねる。
「お茶はどちらにお持ちしましょうか?」
「せっかくです、天気も良いのでベランダにしましょうか」
そういうことで部屋に隣接しているベランダへと移動することになった。
ベランダといっても、お茶会には十分な広さがある空間であり、床のタイルは淡いピンクのタイルで、中央には瀟洒なテーブルが位置している。
ベランダからは外の庭園を上方から見ることができた。ここから見下ろされることを前提として造園されているのだろう。花壇が迷路のように紋様を描いているのが確認できた。
「ピキー!」
「んー?」
赤いゴラピーが鳴いてマメーの腕をぺちぺち叩いて降りたがったので、マメーは屈んでゴラピーたちを降ろした。
「ピ?」
「ピュー?」
赤いのがてちてちとベランダの床を走り、黄色いのと青いのもてちてちとその後を追う。
「まあまあ、お尻を振って走っているの素敵ね! 可愛いわ!」
ルナ王女が感嘆の声を上げる。お茶の用意に離席していた侍女たちは驚きを表情に浮かべた。
「……妖精?」
クーヤが呟き、マメーはにっこりと笑みを浮かべて答えた。
「あれはねー、ゴラピー!」
「はあ、ゴラピーですか……。あれはマメーさんの?」
「うん、マメーのおともだち!」
そのように話している横でルナ王女はゴラピーをよく見ようとかがみ込もうとし、ハンナに腕を掴まれていた。
「ルナ殿下? 今何をなさろうとしていましたか?」
「えへへ、ゴラピーちゃんたちをもっとよく見たいなって……」
「でーんーかー?」
「ご、ごめんなさい」
叱られているルナ王女の前で、てちてち走る三匹は、ベランダのタイルの上の一点で止まった。
「ピキー?」
「ピー?」
タイルとタイルの間の、青や黄色の貴石をカットして描かれたモザイク模様、そこに彼らの視線が向けられていた。
「きらきらー?」
「ピュー」
マメーの言葉に青いのが鳴いて答え、彼らは床に手をつく。
「ピキー……!」
彼らはピキピーピューと鳴きながら石を引っ張ろうとし、引っこ抜けないのであきらめてその場に座り込んだ。
「ピー……」
「ピュー……」
「石が欲しかったのかしら?」
ルナ王女がゆるりと首を傾げる。
「どっこいしょ」
と師匠は勝手に手近な壁に杖を立てかけ、椅子に座った。
「ゴラピー、おやめ。そりゃこのベランダに張られた結界の中心点だ。壊すんじゃないよ」
「ピ」
ゴラピーたちは頷くとマメーのもとに戻る。
「結界ですか?」
ハンナが問うた。彼女たちも知らなかったようだ。
「簡易で効果は弱い、とはいえそれなりにしっかりしたものだがね。外から虫とか入り込まないようにするには十分なものさ」
なるほど、とハンナは頷いた。確かにここは庭園の上である。虫が王女の部屋に入り込まない工夫がされているのだなと感心した。
一方で師匠も感心していた。ゴラピーたちは迷わず結界の要である石のところへ向かった。ベランダの飾りに偽装する程度の、たいして魔力を使わない結界でもその中心点がわかるのだから、大した精度の魔力感知能力であると。
マメーとルナ王女の三人が席につく。
「ルイスは?」
マメーは彼を見上げて言った。
「私は護衛なので、後ろにいますよ。気にせずお召し上がりください」
ルイスが示した卓上には、クーヤにより三段のアフタヌーンティースタンドが設置されていた。そこには小さく美しくカットされたサンドイッチとスコーン、ケーキがそれぞれの段に並んでいる。
「わあっ!」
マメーは歓声をあげる。
紅茶も供されたところで、ルナ王女が言った。
「ゴラピーちゃんたちの席がないわね」
当然用意されてはいない。ハンナは呆れたようにため息をつき、クーヤは尋ねた。
「ゴラピーさんたちは何か召し上がるのでしょうか?」
「えっとねー、ごはんはたべないんだけどー」
「ピュ」
青いのがぺちぺちマメーの腕を叩いた。
「おみずほしいって」
クーヤはテーブルクロスの上にタオルをひく。
「この上にのって、足を拭いてもらえますか?」
さっき床を歩いていたのである。当然の言葉であった。
ゴラピーたちはぴょんとマメーの腕からタオルの上に飛び乗ると、てしてしとタオルの上で足踏みをして、クーヤが器にお水を注ぐのを行儀良く待った。








