第5話:もらったものはおししょーにじまんします!
「ししょーにじまんしなきゃ!」
マメーは木の実を天に掲げてぴょんと跳んだ。
「ピキー!」
「ピー!」
ゴラピーたちもぴょんと跳んだ。そしてマメーは駆け出した。
「ししょーししょーししょー!」
ふと振り返るとゴラピーたちがいなかった。
「あれっ」
マメーがその場で足踏みしていると、ゴラピーたちがてちてちてちてちと走ってくる。
身長10cm程度の彼らだ。走るとは言っても速度は遅い。しかも草が生えていたりすると、かき分けるようにしてしか進めないのである。
マメーは庭の小径に生えている雑草の草むしりも、今度からちゃんとしなきゃと考えた。
「ごめんね!」
「ピキー!」
「ピー!」
マメーが声を掛ければ、ゴラピーたちはマメーを見上げて機嫌良さそうに鳴く。怒ってはいないようだ。
「行くよー!」
マメーは急ぐ気持ちを抑え、その場で上下に跳ねるようなスキップをしながら歩く。
ゴラピーたちも機嫌良さげにてちてちと歩いた。
そして小屋へと戻る。
貰った木の実を茶色のローブの袖の中にしまうと、小屋の入り口で靴についた泥を交互に落とせば、彼らも真似をしているのか、手で足を払った。
そういえばどういうわけかゴラピーたちは汚れた様子がないなとマメーは思った。そもそも土の中から現れたにしては綺麗なものである。
ともあれバタン、と入り口を開ける。
「ししょーししょーししょー!」
マメーは元気よく師匠を呼んだ。
「なんだい! いるよ! 入っといで!」
奥の部屋の扉の向こうから返事が返ってきた。
魔術やその素材には繊細なものや危険なものも多いし、暴発することもある。返事がなかったり入ることを許可されない場合は、用があっても決して入ってきてはいけないと、耳にたこができるほど言われてきた。
今は大丈夫なようだ。
「あい! いくよ! ししょーししょー!」
「ピキー!」
「ピー!」
一人と二匹は奥の部屋へと駆けて行った。
部屋では、師匠が机の上でごりごりと薬草を薬研ですりつぶしていた。
薬研の中からは「ギエエェェ」と何やら悲鳴のようなものが聞こえてくる。
師匠は手を止めることなくマメーに顔を向けて言った。
「なんだいマメー、うるさいねえ。仕事は終わったのかい?」
「ばっちりだよ! ね、ね、それよりね!」
マメーはごそごそとローブの袖の中を漁った。
「みてみてみて!」
「なんだいなんだい」
師匠の目の前でマメーは木の実を取り出した。
「じゃーん! おしごとしているあいだにゴラピーたちがひろってくれたの!」
何の変哲もなさそうな赤い木の実である。りんごというには少し小さいだろうか。姫りんごや、食用に改良されていない野生のりんごのような実だ。
師匠はマメーの手の中を一瞥し、特に何の感慨もなくこう言った。
「へえ、良かったじゃないか」
「えへへー」
マメーはにこにこと笑った。
師匠は足元のゴラピーたちの方を見下ろす。
「あんたたち、主人のところに食べ物を捧げるんだねえ」
「ピキー!」
「ピー!」
彼らは鳴きながら、はい、というように師匠に向けて右手を挙げた。
「とうぜんだっていってるよ」
「ふーん、ハチやアリみたいな習性があるのかねえ。植物素体にしては珍しいもんだ」
師匠は首を傾げる。例えばハチを使い魔とすると、主人のところに蜜を捧げてくれるようなことがある。
それを生業とする魔女の一族もいるほどで、馬鹿みたいな高額でそのハチミツは取引されているし、師匠もマメーには秘密でこっそり食べているが実際うまい。
ただ、マメーのゴラピーはマンドラゴラが素体、つまり植物であるのは明らかであり、こうして食べ物を持ってくるような性質があるとは思っていなかったのだ。
「まあいいや。マメー、好きにお食べよ」
「あい! それでね、ししょー」
話は終わりで製薬に戻ろうと思ったのに、マメーの話は続くようである。
「なんだい」
「これって何の実かな? 見たことないんだけど」
師匠の顔色が変わった。
一般の植物に関してマメーがこのような質問をしてくることはない。それは知識としてこのあたりの植生については師匠が全て教えていることもある。さらに言えば五つ星という彼女の植物系魔術の素質なら、『植物自身が自らのことを教えてくれる』からだ。
つまりこれは普通の植物ではない。
「動くんじゃないよ!」
師匠は流れるような手つきで壁に立てかけていた杖を手にすると、その先端をマメーの手の上に向けた。
「〈鑑定〉!」
魔術の光が木の実を包む。
「何じゃそりゃあ!」
そして今日三度目となる師匠の叫び声が小屋に響いた。