第49話:ししょーはすごいまじょなので!
「ば……さすがにそうはお呼びできませんわ。魔女のおばあさまとお呼びしても?」
「……まあ好きにしな」
師匠はむずむずするように身体を震わせながらも、仕方ないと頷く。
一国の王女の口から「ばばあ」という単語が出てきたら、それは問題だろう。
「ところでそいつ重かろう?」
師匠は自分の頭のあたりを指差した。
ルナ王女の角が生えてる場所である。彼女はしゅんと情けなさそうな表情を浮かべて頷いた。
「ええ、そうですね。さすがに肩が凝ってしまいまして」
かなり立派な角だ。片側で500グラム以上、合わせて1キロを超えるだろう。大きな冠や軽めの兜をずっと被っているようなものである。いや、形状が複雑な分、それよりも負担だろう。
もちろん10歳やそこらの女の子の頭にあるものではないし、それが夜も脱げないとなれば首や肩への負担は相当なもののはずだ。
「ちょっと触ってもいいかえ?」
「ええ、もちろんですわ」
師匠が前に出る。そしてゆっくりと杖を持たぬ方の腕を上げ、茶色い角にそっと乾いた手でちょんちょんと二度触れた。
そして魔力を流し、魔法の言葉を口にする。
「〈軽量化〉。……こっちもか、ほれ」
師匠は手を伸ばし、逆の角にも同様に触れる。
ルイスが問う。
「グラニッピナ師、それはどういった魔法で?」
「重量を軽減するのさ。今のあたしがやったのは2回がけ、半分の半分ってことさね」
つまり四分の一、250グラムということだ。
ルイスは唖然とする。
騎士の武器防具の重さは尋常なものではない。それ故に盾持ちや旗持ちなどを連れていくのだ。そもそも軍の動きは重量によって大きく制限される。千人の軍があれば、それは千人分の水と食料を必要とするのだから。
これをあんな簡単に軽減するだなどと。
マメーがルイスの顔を見上げて、にへっと笑った。
「ししょーのね、けーりょーかのまじゅちゅかけてもらうと、おもしろいんだよ。ぴょんってするとふわーってとべるの」
「それは楽しそうですね」
「ピキー!」
マメーの背中のフードの中で、赤いゴラピーがやってみたい! と鳴いた。
「えへー、こんどししょーにおねがいしてみようね」
「ピー」
楽しみーという返事が黄色いのから返ってくる。
ルイスはそっと嘆息した。
魔女たちはこうして無邪気に術を継承していくのだろうか。戦に用いれば戦況を一変させるだけの力を有し、それ故に国家の戦には介入しないという条約があると、ルイスは知識としてではなく実感として理解した。
一方、師匠はルナ王女の背中側に回り、首筋と肩に触れる。
「軽く癒しをかけとくよ。〈小治癒〉」
じわりと温かい魔力が肩から首に流れていくのをルナ王女は感じた。それはえもいわれぬ快感で、師匠の術が終わって手が離れた時、切なげにため息をつくほどであったが、すぐに彼女は目を輝かせた。
「まあ!」
そして驚きの声を上げて椅子から立ち上がる。
「まあ、まあっ!」
軽やかに頭を振ってダンスのようにくるり、くるりと回転する動きを見せた。
スカートがふわりと広がり、近くにいた師匠はそれがぶつかって渋面をつくる。
「まあっ! 頭が! 肩が羽根のように軽いですわ!」
ルナ王女は腕を広げ、手をぱたぱたと振ってみせた。
「魔女様!」
そう言って師匠の手をがしりと両手で握る。
「魔女様はおやめ」
「おばあさま! 素晴らしい御業ですわ!」
「たいしたもんじゃあないよ。それより落ち着いて聞きな」
王女としては、はしたない動きであったと気づいたのだろう。ルナ王女は顔を赤らめて椅子に座った。
「今かけた術の持続は一日だ。明日にゃ消える」
ルナ王女は落胆した表情を見せ、すぐにそれを打ち消す。
師匠は笑う。
「なに、気にしないでいい。この術は治るまでのあくまでもつなぎだよ。それまで毎日かけなおしてやりゃあいい」
「はいっ」
「それと、軽くなったからって角があるのを忘れんじゃあないよ」
「……というと」
「当たれば互いに危ないってことさ」
今、つい感動してくるりと回ったが、それは危険な行為であったということだ。
王女は神妙な顔でゆっくり頷いた。
「はい」
「うん、それで良いさね」
マメーが声をかける。
「おひめさま、よかったね!」
王女はゆっくりと立ち上がって、マメーの前に立った。
ルイスはマメーの手を離し、一歩横へずれる。
「お姫様ではなくルナと呼んでくださる?」
「あい! ルナ!」
ルイスが王女の背後で必死に声を出さずに口を動かした。
「ルナで、ん……か?」
ルイスはこくこくと頷いた。
「あなたをマメーと呼んでも良いかしら」
「いいよー!」
ルナ王女はふふと笑う。
「マメーのお師匠様は素敵な魔女様ですのね」
「うん!」
マメーは喜んで頷いた。
その時、マメーの背中に垂れたフードの中にいるゴラピーと、ルナ王女の目があったのだった。
「ピュー?」
青いゴラピーが首を傾げる。
「まあっ!」
ルナ王女は驚きの声を上げた。
「ピキー!」
「ピー!」
赤と黄色のゴラピーがぴょんと顔を出すと、青いゴラピーの腕を下に引っ張って、フードの中に身を隠した。
「あらまあっ、マメー、今のはなにかしら!」
マメーはゴラピーを隠しているのを思い出す。
「ぴ、ぴきー」
とりあえずマメーは鳴いて誤魔化してみることにした。