第48話:しかのつののおひめさまにあいました!
謁見の間を退室したマメーたちは石造りの回廊を歩く。
歩きながらルイスが問うた。
「マメーは陛下と会うのに緊張されませんでしたか?」
「したよー」
くっくっと師匠が笑った。
「緊張した人間が『王様こんちは』じゃないねぇ」
彼らを先導している兵士が肩を震わせているのが背中越しに見えた。
「えっとー、おーさま、じゃなくてへーかのよこにいる人が、きゅーにおっきなこえをだしたから」
「そりゃ緊張したんじゃなくてびっくりしたって言うんさね」
「……そーかも」
先導の兵士がぷっと吹き出した。ルイスは言う。
「彼は陛下の近侍で、本当は彼が陛下のお言葉を伝えるんですよ」
「へー」
普通に話せばいいのにーとマメーは思う。実際そうしてくれたし。
「まあ、マメーが緊張しなかったなら良かったです」
「ん」
廊下は扉に突き当たり、そこを抜けるとまた廊下が続いている。先導の兵士はそこで頭を下げて三人を見送る。
マメーはばいばい、と手を振った。
しばし歩いて、マメーは気づく。
「なんか……かわいくなった?」
すごく高かった天井が低くなったり、内装に花が増えたり、壁に淡い色が使われたりするようになっている。
「ええ、そうです。良く気づかれましたね」
城内において謁見の間などの公的な場所から、私的な場所へと移ったのだ。
特にここは王妃や姫といった女性のための区画である。
男性は王族と、ルイスのような近衛など限られた者しか入れないのだ。兵士が扉の前で引き返したのはそのためである。
ルイスはそのようなことをマメーに語った。
「そういえばさっきはおんなのひといなかった」
一方でこちらには女官が多い。すれ違えば美しい所作で壁際に寄り、ルイスやマメーたちに頭を下げる。
そのうちに三人は部屋へと到着した。
「早速ですがこちらがルナ王女のお部屋です」
ルイスは部屋の番をしている近衛と二、三言葉を交わすと、中へ到着を告げる伝令がいく。そしてさして待たされることもなく、部屋へと招かれたのだった。
「ふあぁ」
マメーは感嘆の声を上げる。
謁見の間は立派で凄かった。でも可愛くはなかった。このお部屋はもちろんそれよりずっとずっと小さいのだけれど、可愛いのだ。壁紙は桃色で、要所には金の装飾。棚には磁器の人形やもこもこの縫いぐるみも見える。
「ようこそいらっしゃいました。魔女様」
そこにまだ若い女性の声がかけられた。
「わたくしがサポロニアン王国の三の姫、ルナですわ。この頭ゆえにお辞儀ができませんの。ご容赦くださいましね」
ルナ王女の金の頭からは一対の角が生えている。茶色く、左右対称に枝分かれした角だ。なるほど、随分と大きいし重量もあるだろうから、頭を下げたらバランスを崩してしまいそうでもある。
その挨拶に対し、マメーは興奮してぴょんと跳んだ。
「しかさん! かわいい!」
「まあまあ、お弟子さんも来ているとは聞いてましたが、可愛らしいお弟子さんですわね!」
ルナ王女はそう言ってマメーに向けて手を開いた。
マメーはわーいとかけて行こうとしたが、逆の手をルイスと繋いでいるのだった。
咳払いが一つ。
「これ、マメー」
「あっ、ししょー、おひめさま、ごめんなさい」
ルナ王女は鹿の角に困っているのだから、かわいいと喜んではいけないと師匠に言われていたのだった。
「マメーちゃんというの? 大丈夫よ。でもありがとう」
「あい! マメーです!」
ルナ王女はにっこりと笑みを返すと、ゆっくりと顔を横にする。
「ハンナ、クーヤ。お茶とお菓子の用意を」
控えていた二名の侍女にそう声をかけた。侍女たちは淑女の礼をとる。
「お茶菓子は何がいいかしら? マメーちゃんは何か好きなお菓子はある? クッキーかしらケーキかしら? ケーキなら何が好きでしょう、苺? 栗? りんご?」
マメーはぴっと片手を上げた。
「マメーはししょーのつくってくれる、ししょーのすごいパンケーキがすきです!」
ルナ王女はまあっと驚きをあらわにした。
「魔女様はお菓子も作られるのですか? 素敵!」
ぐっと師匠の側に身を乗り出した。師匠は思わず後退りかけ、溜息をつく。
「素人仕事さね、大したものじゃあない」
そう謙遜するが、それはマメーに否定された。
「ししょーのパンケーキ、すっっっっっごくおいしいよ!」
「まあまあ! それはぜひ機会あればいただきたいものですわ!」
こほん、と咳払いが一つ。
「ルナ殿下、魔女様は殿下の病を治していただくために、お越しになったのですよ」
ハンナと呼ばれていた方の侍女がルナ王女に忠言する。ルナ王女は僅かに赤面した。
二人の侍女は再び礼をとるとお茶を淹れに向かったのだった。
「申し訳ありません、魔女様。ついお菓子のことになると我を忘れてしまって」
ルナ王女はお菓子好きという言葉から想像できるように少々まろやかな体つきをしていた。マメーは同年代くらいでこういう体つきの女の子を見たことがなかったが、それは彼女が平民の子であり、王都からは離れた農村や森の中に住んでいたからである。
実際、王侯貴族の基準では決して太っているなどということはない。おそらくは侍女たちが必死に菓子の量を制限したり奮闘しているのだろうと偲ばれた。
師匠はゆるりと手を振る。
「構わないさね。それより魔女様はやめておくれ。ばばあで十分だよ」