第45話:おうとにむかいます!
オースチンは地を駆ける。鷲の鉤爪と馬の蹄が地を叩く振動が、がたがたぶるぶるとマメーの身を震わせる。
しかしそれがなくなった。グリフィンの翼が強く一打ちされて、脚が地面から離れ、身体が宙に浮いたからだ。
「うわぁ」
ばさり、ばさりと羽ばたくたびに、ぐいっ、ぐいっと身体に圧がかかり、そして景色が下に動く。
「わ、わ」
マメーは師匠の箒には何度か乗せてもらったことがある。
その時は滑るように空を飛んでいた。ブリギット師匠は箒を矢のように飛ばすが、そういうものではないのだ、本来は。
あれはウニーが悲鳴をあげる反応を楽しんでいるふしもある。
ともあれ、グリフィンで飛ぶのは箒とは違う楽しさがあった。悪く言えば揺れるということだが、大きな翼の羽ばたきによる力強い動きを感じられるということでもあるのだ。
「わはー」
「怖くはないですか?」
背中越しにルイスが尋ねるので、マメーは首を横に振った。
「たのしい!」
「はは、それは何よりです」
師匠はグリフィンの左斜め下方をぴたりと追随するように飛んでいる。
マメーはルイスの腕の中で身体をねじり、師匠に向けて手を振った。
「ししょー!」
師匠は面倒そうな顔で帽子に手をやり、こちらに手をあげ返す。そしてその手で二度、前方を指さした。
いいから前を向いてろということだ。
マメーは前を向く。
「すごーい!」
村の家々よりも、森の木々より高く飛んでいた。視界が開けて青く染まる。
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
グリフィンの頭の上に座るゴラピーたちは、視界を遮るもののない特等席だ。わあい、と手をあげて、青い空と丸い地平線、広がる景色を楽しんでいた。
ちなみに出発前に師匠はゴラピーたちにちょいと魔法を掛けた。〈固着〉という、くっつけて動かなくする魔法である。
「ピキー!」
赤いのが興奮して立ち上がろうとしても。
「ピー!?」
黄色いのがバランスを崩して転び落ちそうになっても大丈夫なのだ。
「羨ましい限りだ……」
「ピュー?」
ルイスが小さく呟き、それが聞こえたのか青いゴラピーが振り返った。
マメーも問う。
「なあに?」
「いや、グラニッピナ師の魔法は凄いなと感心していたのです」
ルイスは答えた。
むふー、とマメーは満足そうな笑みを浮かべてうなずき、前を向く。
騎士やその見習いが大きな怪我を負う原因として、落馬というものはかなりの割合を占める。グリフィンライダーやドラゴンライダーという、空を飛ぶ生き物に騎乗する者たちはそもそも乗馬の上手い者が選ばれるとはいえ、落ちたときの衝撃は落馬の比ではない。たいていは命を失うこととなる。
それをあんな簡単に防げるというのだから魔女というのは凄いものだと感嘆するのだ。
一刻ほど空を飛び、休息を入れてまた空へ。太陽は雲一つない蒼天の真南を越える。
眼下の景色に森や山はなくなり、平原と田畑が広がっている。それを区切るように道や川が伸び、それらが交わる所に町や村が点在するようになった。
「ね、ね、ルイス! あれお城!?」
マメーが興奮したように斜め前方を指さす。
そこには灰色の石を積み上げた壁と塔が見えていた。
ルイスは答える。
「あれはチトースの砦ですね、王都を護る砦の一つです。あれを超えれば王都はもうすぐですよ」
砦に近づくと、そちらからグリフィンが飛び立ってこちらに向かってきた。
ルイスは大きく手を回す。向こうのグリフィンは青い旗を広げてくるりと振った。
そしてルイスは砦の上空を通過する。
オースチンが、カチカチと嘴を鳴らし、向こうからも同じ音が返ってきた。
「いまのなあに? なんかかっこよかった!」
「砦には私の同僚の銀翼騎士団の者がいまして、彼と連絡を取ったんですよ。王都に向かう。よし、通れってね」
マメーの質問にルイスは答える。
「へー」
「グリフィン同士も嘴をカチカチと挨拶していたでしょう」
グリフィンさんや騎士の挨拶って面白いとマメーは感心する。
マメーはかちかちと歯を鳴らした。
「ピキ?」
ゴラピーたちが振り返って頭上の葉っぱを揺らす。
マメーは手を振りかえしてみた。特に意味の無い動きである。
「正面を見ていると良いですよ。もうすぐ王都が見えますから」
ルイスがそう伝えると、マメーたちは慌てたように正面を見つめた。
大地には麦の緑が広がり、その間の道が太くなっている。道には馬車や牛に牽かれた荷馬車が行き交っているのが小さく見える。
そして地平線の向こうに、点のように色が現れた。
「ピキー!」
まず赤いのが鳴き声をあげ、すぐに他のゴラピーやマメーも気がついた。
「あっ!」
それは緑と青で塗り分けられ、金で飾られたサポロニアン王国の旗であった。尖塔の上のそれが風でたなびいている。
旗の下からは赤い屋根が、そして白い石造りの城が現れ始めた。それはさっきの砦よりもずっと大きくて、そして城の周囲には王都の町並みが広がっていた。
「すっごーい!」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
マメーとゴラピーたちは、ばんざいして歓声をあげた。
サポロニアンは決して大国ではない。王都だって世界的に見ればそこまで人口が多いというほどでもない。
それでも、人生を小さな村と森の中にぽつんとある小屋で過ごしてきたマメーにとって、それは大都会に他ならないのだ。
マメーたちのはしゃぐ声にほほを緩ませながら、ルイスはオースチンを着陸の体勢に向かわせた。








