第44話:しゅっぱーつ!
「ピュ」
青いゴラピーがぴょんとオースチンの嘴に跳び移った。
「ピュピュー」
そして、てちてちと顔の上を走っていく。
「ピグルル……」
ゴラピーの身体ほどに大きな黒い瞳が、それを追っていく。ただオースチンにそれを咎める様子はないようだ。大きさが違いすぎて驚異に思っていないのかもしれない。
「ピ、ピー!」
黄色いゴラピーもオースチンの顔に跳び移った。てちてちと走って……。
「ピッ!?」
「ピキー」
転びかけてバランスを崩すも、赤いのに手を掴まれて登りきった。
グリフィンの大きな鷲の頭の上に、三匹が並ぶ。
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
ゴラピーたちはオースチンの頭上で誇らしげに鳴いた。
「すごーい」
マメーはぱちぱちと手を叩き、ルイスは笑う。
「自分で騎乗できるとは立派なグリフィンライダーですね」
「クルゥ」
オースチンは短く鳴いた。やれやれとどこか仕方なさげな雰囲気であるが、嫌がるようなそぶりではない。
「はいはい、遊んでないで行くよ」
師匠はくるりと手を回した。その所作だけで虚空から箒が召喚され、手の中に収まっている。どこにでもあるような普通の箒だが、その柄の先端には五芒星の護符が紐でぶら下がっていた。
「ええ、少々お待ちを」
ルイスはそう言うと近くにある小屋へと向かい、戻ってきた。その手には鞍がある。荷物を置かせてもらっていたようだ。
ルイスは手慣れた手つきでオースチンに鞍を装着しだす。
マメーは見慣れぬその様子をわくわくと観察し、ゴラピーたちはピキピーピューとグリフィンの頭の上で何やらしゃべっていたり、ちょっと硬いが下の柔らかい羽毛の上で寝転がったりしていた。
ルイスはぎゅっぎゅっと鞍から下に伸びる革の腹帯を締め、鞍がずれないことを2度確認し、オースチンが痛くないか尋ねてから鞍と自分の身体を綱で結ぶ。
「お待たせしました。準備は終わりました」
そこまでしてからルイスは言った。空を飛ぶのだ。安全確認は何よりも大切だった。
「はいよ」
一方の師匠は気楽なものだ。箒は魔女の飛行を安定させる道具にすぎない。箒などの道具を使わなくては飛べない魔術師や魔女がいないわけではないが、彼女くらいの魔女ともなれば箒から落ちようが何の問題もなく体勢を立て直して飛ぶことができるのだから。
「マメーおいで」
「はーい」
師匠が呼んで、グリフィンを見ていたマメーが師匠の方を向く。
「ピキー」
赤いゴラピーが声を上げた。
「ゴラピーおいで」
マメーは振り向いて両手を広げ、ゴラピーを受け止めるような体勢をとる。
「ピーピー」
「ええっ!」
「ピュー」
「ええ……」
ゴラピーたちとマメーは何やら話をして、マメーは神妙な顔をして、とぼとぼと一人師匠の元へと向かった。
「あのね、ししょー」
「なにさね」
「ゴラピー、グリフィンさんのりたいって」
「へぇ、それで?」
マメーはもじもじと身体を揺すってから言った。
「マメーもグリフィンさんのろうよって」
ぷっ、と師匠は吹き出した。ちらりとゴラピーたちの方を見る。何やらうんうんと頷くような仕草で頭の葉っぱを揺らしながらこちらをじっと見ている。お願いしているつもりだろうか。
マメーが自覚しているかどうかはわからないが、ゴラピーたちはマメーの魔力的な意味での成長を願い、マメーを楽しませ、彼女が喜ぶことを自身の喜びとしている。そう師匠は判断している。
もちろんマメーの魔力が増えることは自分たちの強化・成長にも繋がることだ。植物としても使い魔としてもそれを願うのは当然のことである。ただそれにしても彼らの献身はどこか一般的な使い魔とは違う。
ともあれ、ゴラピーたちは自分たちがグリフィンに乗りたいと言うよりは、マメーがグリフィンに乗ってみたいと思っている。そう判断したということだろう。
「ゴラピーがねぇ……」
マメーはちらちらとグリフィンに視線をやった。
まあ、大きな動物・魔獣を見かける機会はそうそうない。そういう好奇心を覚えるのも、そういった希望を口にするのもマメーの心の成長としては悪くない。師匠はそう思った。
「ルイスよぅ。ちょいと荷物が増えても大丈夫かね」
マメーがぱっと笑顔を浮かべた。
ルイスもにこりと笑みを浮かべて言う。
「ええ、レディーと小さなお客様であれば軽いものです。なあオースチン」
「クルゥ」
オースチンは仕方なさげにそう鳴いた。
マメーはルイスに、グリフィンに乗っているときの姿勢などを教わった。
「では持ち上げますよ」
「あい!」
マメーがルイスに抱き上げられ、鞍の前方に乗せられる。
「わあ、たかーい!」
オースチンの体高、地面から肩までの高さは150cmくらいである。ちっちゃなマメーであってもその上に座れば2mくらいになるのだ。
「ピー!」
頭の上の黄色いゴラピーがマメーに向けて手を振り、マメーも手を振りかえす。
そして乗る前に言われたように、オースチンのうなじの辺りにある革紐を握った。
ふわり、とルイスがマメーの後ろに飛び乗った。
「ではいきますよ」
ルイスは師匠を見る。
「いつでもいけるさね」
師匠もゆっくりと箒にまたがる。ルイスが手綱を引き、オースチンはぶるぶると頭を振った。
「しゅっぱーつ!」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
マメーがそう言うと、ゴラピーたちがご機嫌な鳴き声を上げる。そしてばさり、と翼をゆっくり動かしながら、グリフィンは坂を駆け下り始めた。