第43話:ぐりふぃんさんにごあいさつします!
「ぴきーって、なによそれ」
ドロテアが呆れたように尋ねる。
「い、いかく?」
マメーはそう答え、両手を上げて自分の身体を大きく見せるような姿勢をとり、「ぴー!」と声を上げた。
どうやらこれが威嚇らしい。横で見ていたルイスは気分がほっこりした。
ドロテアは困惑する。
「いや、そうじゃなくてさっきの……」
ひひひ、と師匠は笑う。
「そりゃあ魔女の使い魔ってやつさぁ。このマメーにも凶暴なのが取り憑いているのさね」
ドロテアは胡散臭げにマメーを見た。
マメーの緑の髪がきらりと輝いた。訝しげに目を細めれば、その輝いているものは黒い瞳であると気づく。
いくつもの瞳がじいっとドロテアを見つめ続けていた。
「ひっ!」
ドロテアは思わずのけぞった。
もちろん、フードの中に隠れているゴラピーたちがドロテアを見ているだけであるが。
「ピグルルゥ……」
グリフィンのオースチンも巨大な鷲の頭を傾けて、巨大な嘴をカチカチと鳴らした。
ドロテアは後退って尻餅をつく。
「おっと、失礼、こらオースチン」
ルイスは怒っている様子でもなくオースチンを注意した。
「ひっ、嫌っ!」
そう言って彼女は家の中へと駆けて行った。父親のジョンはため息を一つ。
「娘を脅さないでいただきたい」
魔法使いでない自分には使い魔などの真偽は分からないが、グリフィンがタイミング良く鳴いたのはルイスの指示だろうと男は思った。
魔女はその言葉には答えず、ずいっと前に出る。ジョンは半歩後ろに下がった。
「ひひ、脅してるのはあたしではないさね。あんたらが、魔女に食われるぞと脅しているから、彼女はあたしの言葉を怖れたのさ。あたしゃそれを利用しただけだよ」
男は閉口した。屁理屈のようでもあるが、自分が子供の時に悪事を働けば親からそう脅されたのも、妻がそう子供たちを脅しているのも事実ではある。
むろん、大人になるにつれ魔女が子供を食ったりなどはしていないと分かるのだが……。
「まあいいさ、あたしとこの村とは無関係のマメーはナイアント卿とサポロニアンの王都に行ってくるからね。もし誰か客が来たらそうことづけておいてくれ」
師匠はわざわざ『この村とは無関係の』とつけた。
男や彼の家族にとって、エミリアは不気味な子であり、森に捨てたことに間違いはない。そこに愛情も何もなかった。だが魔女の弟子というのであればその価値は高いのではないかと惜しくなったのだ。
だが魔女にそう念押しされれば村の代官としては頷くしかなかった。
「……わかりました。魔女様。ナイアント卿、よしなにお願いします」
「ええ、エベッツィー村は特に問題なく治められており、私の任務にも協力的であったと伝えられるでしょう。貴殿が余計なことを言い出さねば」
ルイスはそう答え、ジョンははっきりと頷いた。
しかし『余計なこと』が結局は蒸し返されて、少し後に大きな問題となるのだ。ただ、この時は誰もそんなことになるとは想像もしていなかったのである。
ともあれ、マメーはぺこりと頭を下げる。
「おじさんさようなら」
「ああ……」
挨拶を交わし、三人と一頭はその場を後にした。
ジョンが家に戻り、マメーたちは家の横手に回る。この村の中で一番高い場所だ。飛び立つには最適の場所だった。
「ピキ」
「ピッ」
「ピュ」
マメーのフードの中からごそごそとゴラピーたちが出てくる。マメーの肩に乗り、マメーが顎の下に差し出した手の上に乗りうつった。
ぷるぷるとマメーは頭を振ってフードを落とした。
「ピグルゥ?」
ぬっ、と大きな影がマメーの上に落ちた。グリフィンのオースチンのものである。
「うわぁ」
マメーはびっくりした。敵意がないのは分かるので恐怖は覚えなかったが、大きな生き物がぬっと来たら驚くものだ。
グリフィンは鷲の上半身に馬の下半身を持つ魔獣である。体躯は馬のものであるため、通常の数倍の鷲頭を有している。マメーは師匠の使い魔として鷲を見たことがあるが、こんなに大ききなものは初めて見る。
「おっきい!」
鋭い視線がマメーを興味深げにじっと見つめた。
「改めて、私の騎乗するグリフィン、オースチンです」
ルイスは紹介する。さっきはドロテアが来たために紹介ができなかったのだ。
「ピグルルゥ」
挨拶するようにオースチンは頭を下げた。マメーも頭を下げる。
「マメーです! はじめまして!」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
ゴラピーたちはマメーの手の中で、両手を上げてふりふり振って挨拶した。
オースチンが覗き込むようにぐいっと頭を近づける。
「ピキッ」
赤いゴラピーがぴょんとオースチンの黄色い嘴の上に跳び移った。そしてグリフィンの眉間をとててて、と走って頭の上にのって鳴く。
「ピキー!」
高いところにのって、腰に手を当ててご満悦だ。
「グルゥ?」
オースチンが頭の上を見ようと首を傾げ、その様子にルイスは吹き出した。