第41話:マメーはマメーだからだいじょぶ。
ルイスはオースチンの手綱を取り、ドロテアがローブの二人の前に立った。その表情には僅かに怯えの色がある。
師匠がにやりと笑みを浮かべて口を開く。
「ひひひ、森の魔女の婆と言えばわかるかね」
奇妙な笑い声を上げて言った。
師匠は森の魔女として畏れられているのだ。なんなら子供を躾けるときに、「悪いことばかりしてると森の魔女に食べられるよ!」とか「カエルにされるよ!」と使われているのも知っている。
もちろん師匠ら魔女は人間を食べたりはしないのだが、居を構えている魔女はどこでもそういう扱いであるものだ。
「は、はい。ドロテアともうします。エベッツィー村へようこそ、魔女様……」
礼をとり、顔をあげると決心したように尋ねる。
「そちらは……」
その視線はフードを深く被るマメーに向いていた。
村にせよ町にせよ、防衛をせねばならぬのだ。しっかりした検問所が有るか無いかの差はあれど、不審な者を入れるわけにはいかない。フードで顔を隠したまま村に入るなどということが通るはずはないのだ。
「マメー」
師匠は優しく声をかけた。
「ん……」
マメーがフードを取る。緑色の髪と琥珀の瞳があらわになった。その琥珀の瞳は正面に立つ少女のそれと良く似た色であった。
「エミリア、やっぱりあなたエミリアね!」
「ねーちゃ……」
ドロテアの口調に感動の再会という様子はない。その口調や表情には嫌悪感すら感じられた。一方のマメーの声には恐怖が感じとれた。
師匠はおもむろに手を横にあげ、二人の視線の間においた。
「ここにいるのはエミリアなどではないさね。マメーっていうあたしの弟子さ」
ドロテアは魔女に対する畏敬を一瞬忘れたかのように叫ぶ。
「だって! その緑の髪の色! エミリアじゃない!」
人間の髪の色はふつう緑にはならない。そのような色素など存在しないのだから。だが、特定の魔力の影響を強く受けた魔女は、その色を纏って生まれることがあった。
マメーの緑の髪も、ウニーの髪が紫がかった黒であることもそうだ。
師匠が森に捨てられていた緑髪の子を拾い、弟子としたのが数年前のことだ。
人は他者と明らかに違うものを畏れる。それは価値あるものとして尊重される場合もあれば不気味だと忌避されることもある。この場合は後者だったのであろう。
「ひひ、魔女がその見た目を変えられないとでも?」
横にした枯れ枝のような師匠の手がめきめきと太くなり、銀の毛に覆われた。手には肉球があらわれ、指は鋭くのびた爪となった。
はっ、とドロテアが魔女の顔を見れば、そこには銀毛のオオカミの顔があって、口には牙が並び、そこから舌がだらりと垂れていた。
「バウッ!」
オオカミが吠える。
「ひゃああぁぁーーー!」
「ピエエェェェッ!」
ドロテアは悲鳴を上げて踵を返し、牧草地を横切って逃げ出した。
グリフィンのオースチンは警戒の鳴き声を上げた。ルイスがどうどう、とその手綱をひっぱって落ち着かせようとする。
「ま、魔女が来たと村に先触れがいったじゃろ」
オオカミの口から師匠の声がした。
「グラニッピナ師ですか?」
「そりゃそうさね」
〈動物変身〉の術であろうか。簡単な術ではないと思うが、詠唱すらなく一瞬で使ってみせるとは。本当に多芸であるとルイスはおののいた。
オオカミの瞳がマメーを捉える。
「ピキー!」
「ピー!?」
「ピュー」
赤いゴラピーが果敢に前に出て、黄色いのはマメーの足に隠れ、青いのはじっとオオカミを見上げていた。
「ししょー?」
「そうだよ、分からないのかい?」
マメーは首を横に振った。
「わかる」
師匠の顔が元の老婆へと戻っていく。
黄色いゴラピーがピー……と胸を撫で下ろすような仕草を見せた。
「わたしはマメー」
マメーは確認するようにゆっくりと言った。
「そうだね」
「ししょーの、でしの、マメー」
マメーは思う。そうだった。マメーはししょーのでしで、ししょーのでしじゃないマメーはいないんだった。
「あたしゃこの村の長のとこに出かけるって挨拶に行かなきゃならんが、ここで待ってるかね?」
師匠は尋ねる。
かつてエミリアであった者の家、ドロテアの家はエベッツィー村の村長のものである。そうであるからルイスはそこに挨拶に行き、オースチンを預けたのだが。
マメーは首を横に振った。
「だいじょぶ! マメーはししょーのでしだからついてく!」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
マメーが手を挙げて元気よく言えば、ゴラピーたちも真似をするように鳴いた。
師匠は笑みを浮かべ、マメーの頭に手を置いた。
「じゃあおいで」
三人と一頭と三匹は村の中央へと向かったのだった。