第40話:ししょーのすごいまほうでひとっとびです!
「まあいいさね。んじゃ閉めるよ」
「あい!」
師匠はそう言って懐から銀の鍵を取り出した。マメーは鉢植えを抱えて元気よく答える。
師匠は鍵を虚空に向けた。
「ん? ……んん!?」
ルイスが唸る。古風な銀製の鍵の先端が虚空に消えたからだ。
師匠が手首を捻れば、景色が歪んだ。渦を巻くように、そして吸い込まれるように。
そして変化がおさまった時、魔女の小屋は消えていた。
「ピキー!?」
「ピー!?」
「ピュー!?」
ゴラピーたちはびっくりしてぴょんと跳び上がった。
「なんとまあ……」
「あははー、ゴラピーたちびっくりしたー?」
マメーは笑いながら尋ね、ゴラピーたちはこくこくと頭を縦に振った。
「ねー、しまっちゃったねー」
マメーはにとって初めて見る光景ではないのだろう。だがルイスも絶句して動けなくなるほどであった。
「げこっ」
沼地の方からカエルの鳴き声が聞こえた。
そちらを見やれば薬草園の草花も消えている。今やこの空間には森の中に不自然な空き地と沼が一つあるだけであった。
「あっ、かえるさん……」
マメーが呟いた。何事かと沼から出てきたヒキガエルがずるずると近づいてくる。
「あたしたちゃ、ちょいとサポロニアンの王都まで出かけるよ! しばらく留守にしてるから、他の奴らにもよろしく言っといてくれ!」
師匠がそう声を掛ければ、かえるは一声、げこっ、と返した。このカエルは師匠の使い魔であり、森の中には他の使い魔たちもいるために言付けを頼んだのであった。
マメーが緊張を表情に浮かべ、すっと前に出る。
「かえるさん……」
「げこげこ」
マメーはぺこりと頭を下げた。
「ごめんねえ、わたしがちゃんといってなかったよね。……おいで」
マメーはゴラピーたちを手招いた。
実際に食べられた青いのはちょっとびくびくして、マメーの足に隠れるように大きなカエルを見た。
「これがゴラピーたち。わたしのつかいま? ともだち」
「げこっ」
マメーは抱えていた鉢植えを少し掲げた。
「いまはこの3びきだけど、ふえるのかもしれない。それはわからないの。でもふえたらこんどはちゃんとしょうかいするから、にたの見てもたべないでね」
「ピキ」
「ピ」
「ピュー……」
マメーは頭を下げ、ゴラピーたちもそれにならって順に頭を下げた。
「げこげこ」
カエルは了解を示すように鳴き、師匠を見上げて他に何もないことを確認して沼に戻って行った。
「さ、行くよ」
師匠は別の鍵を出した。ルイスが問う。
「そちらは?」
「森の手前まで跳ぶのさ。マメー、戻っといで」
「ん」
師匠が再び何もないところに鍵を差し込めば、空間がぐにゃりと歪み、扉ほどの大きさに切り取られる。
師匠の前のところだけ、森の木々は消え、牧草地が見えるのだ。それはエベッツィー村の景色で間違いなかった。
師匠は鍵をしまう。
「ほい、さっさと付いてきな。すぐに閉まるさね」
師匠が歩き出せば、マメーもゴラピーもとことこ着いていき、ルイスも慌てて後を追った。
不可視の扉のような空間を抜けると、空気が違っていた。実際に森の中から平原に出たのは明らかであった。
振り返れば森の中の空き地ではなく、森の入り口の獣道のような小道がそこにあった。ルイスは先を行く師匠に興奮した様子で尋ねる。
「グラニッピナ師! い、今のはゲートというやつでは?」
「へえ、知ってるのかね」
師匠は愉快げな声を出した。
ルイスは宮廷魔術師にも知り合いがいるため、騎士にしては魔術に詳しい方である。だがそれにしてもゲート、あるいは転移門や単に門と呼ばれる集団を離れた地点に一瞬で移動させる術式は、空間を操作する術式として知られているものの中でも最難関に属する術式であると有名である。
そう、それは伝説やおとぎばなしに登場する存在として。それはそうだ。この術式が自在に使えれば、例えば軍隊を敵陣の背後に、暗殺者を国王の寝床に送りこめてしまうのだ。
まさかこの目で見るとは、体験できるとは思わなかった。
「さすが万象の魔女、でしょうか」
ふん、と師匠は鼻を鳴らす。
「万象と言えば聞こえはいいがね。何でもできるが器用貧乏ってやつさね。特化して何か優れている訳じゃあない。例えばここからサポロニアンに跳ぶなんて真似はあたしにゃできんのさ」
「……いや、それでも貴重な経験でした」
今のが本当かどうかはルイスには判断できない。だが、その二つ名通り偉大な魔女ではあると確信できるものではあった。その時である。
「ピエエエエエェェェェーーーー!」
遠くから高い鳴き声が響いた。
「うわあ」
マメーはびっくりした。ピキピッピューとゴラピーたちも鳴いてひゃあと驚いた様子だ。
「あ、ご安心を。私の騎馬、オースチンです。私の帰還に気づいたようだ」
そうして三人と三匹が村の方へと再び歩き出せば、遠くから白と茶色の塊がこちらに向かってくるのが見えた。地上を歩いているが、ばさばさと羽を動かしている。
そしてグリフィンが大きく見えるようになったころ、その手綱を握っている少女がいることに誰もが気づいた。
「ナイアント様! おかえりなさい!」
少女は叫ぶ。
「オースチンただいま! ドロテア嬢、ありがとう」
ルイスが返答した。
「……おねーちゃん」
マメーは小さく呟き、フードをぎゅっと深く被った。








