第4話:にわのくさきへのみずやりはわたしのしごとなのです。
少女は小屋を出ると、とことこと庭を歩く。
赤のゴラピーと黄色のゴラピーがその後をついていく。
少女が止まって振り返ると少し距離が離れている。マメーが待っていると、彼らはマメーの元まで近づいて止まる。
「えへへ」
マメーは笑みを浮かべた。
彼らはきょとんとマメーを見上げる。
マメーはなんとなく嬉しくなって、るんるんと薬草園に向かった。
「ここがわたしの畑です!」
「ピキー!」
「ピー!」
ゴラピーたちが凄いと言うのでマメーはどやぁと平たい胸を張った。
「まあししょーのやくそうの畑をわたしがかんりしてるんだけど」
「ピキュー?」
「ピュー?」
彼らは首を傾げる。頭上の葉っぱがふわりと揺れた。
そういうことは良くわからないのか、あるいは気にならないようだ。
「ま、いっか。わたしはししょーにたのまれたおしごとしてるから、そのへんにいてね!」
「ピキー!」
「ピー!」
ゴラピーたちはマメーに向かっていってらっしゃいと手を振った。
マメーも手を振りかえして薬草園に向かう。
この薬草園のうち、手前の四分の三ほどがマメーの任されている範囲である。奥の四分の一は師匠の管理する領域で、そちらには貴重で繊細な、魔術による管理が必要なものが植えられている。
マメー側の方が広いのは、薬効があるが一般的な、育成に魔力を必要としない植物ばかりだからだ。
マメーはまず向かったのは井戸の手押しポンプである。
「うんしょうんしょ」
マメーが体重をかけて取っ手を下げれば、だばだばと水が出て取水口のところに置かれたじょうろに水が溜まった。
マメーはじょうろを持って薬草園を回る。
「ミントさん、こっちがわにきちゃ、めーよ」
マメーはプランターの中からはみ出しそうになっているミントに声がけしつつ、水をやる。
「クレソンさんもばしょとりすぎよー? あ、虫だ。ぽいしとくね」
沼に生えているクレソンにも声をかける。クレソンは湿地を好む植物だ。
マメーのいるあたりはまだ沼も明るいが、奥の方はいかにも陰鬱で、魔女の沼地という雰囲気である。
水やりをする必要はないが、葉を食べる虫をひょいひょいと手際よく摘んでやる。沼からはげこげことカエルの鳴き声が響いた。
「げっこげっこげこかえるさん」
マメーは即興で謎の歌をうたいだした。
「むしたべるー?」
「げこげこ」
このあたりの鳥、カラスやらフクロウや、沼のカエルやらヘビやらは師匠の使い魔であったりするのだ。
マメーが草の生えてないあたりに虫をぽいと捨てると、沼から灰色の頭とぎょろりとした目が覗いた。
巨大なヒキガエルである。
同年代の街の女の子達なら嫌がるかも知れない虫やカエルであるが、魔女の小屋に住むマメーにとっては同居人のようなものである。
「あ、そうだ。さっきさー。ゴラピーってゆー、わたしのおともだちができたんだけどー、それはたべないでね!」
「げこ?」
「じゃあね!」
マメーはご機嫌にその場を去った。
ゴラピーを目にしていないカエルがそれを聞いて何を思ったかは定かではない。とりあえずのそりと沼の深みから這い出して、マメーの置いていってくれた虫をぺろりとたいらげた。
「うんしょうんしょ」
マメーはその後もとことこと薬草園を歩き回る。
井戸でじょうろに何度も水を汲みなおしては草木にかけ、ポケットから小さいハサミを取り出したかと思えば、日陰側に伸びてしまったローズマリーの枝をちょきんと剪定し、生えてきた雑草を引っこ抜く。
途中、昼だと言うのにフクロウが飛んでいった。両足の爪で丸められた手紙を掴んで飛び去っていく。師匠がどこかに手紙を送ったのであろう。
「終わった!」
マメーはばんざいした。
急いでさっきゴラピーたちと別れた薬草園の入り口に戻り、ゴラピーたちと合流する。
「終わったよ!」
「pキー!」
「pー!」
ゴラピーたちの返事が聞こえた。だが、どこかくぐもった声であった。
「どうしたの?」
マメーはきょろきょろと彼らを探した。大きなブナの木の根っこのあたり、まだ分解されていない落ち葉が積もっていて、その陰に彼らはいた。
彼らは2匹で一つの小さなりんごのような、真っ赤な木の実を抱えていた。
小さいといってもそれは人から見てのことである。彼らにとっては一人では持てず、2匹で抱え上げるほどの大きな実だ。
鳴き声がくぐもった感じになったのも、背を反らせて持ち運んでいるからだろう。
「まあまあまあまあ、見つけてきたの?」
マメーは彼らの前でかがみ込んだ。
あんまり重そうに見えるので、マメーが支えようと実の下に手をやれば、ゴラピーたちは手を離す。
マメーの小さい手の上に、ちょうど収まるようにして木の実がポンと置かれた。
ゴラピーたちは満足そうに数歩離れた。
「……ひょっとしてくれるのかしら?」
「ピキー!」
赤いゴラピーは左手を腰に当て、右手の親指を上にして拳をマメーに向けた。
「わたしに?」
「ピー!」
黄色いゴラピーは左手を腰に当て、右手の親指を上にして拳をマメーに向けた。
「ありがとう!」
マメーが立ち上がり、木の実をほほに当てて笑えば、ゴラピーたちはばんざいするように両手をあげてぴょんとはねたのだった。