第39話:しゅっぱーつ! ……するまえに。
「じゃあね、マメーちゃん、ゴラピー。お世話になりました。グラニッピナ師匠」
「それじゃね、マメー、おばあちゃん。それとルイスさんも」
「ええ、王国にもいつでもいらしてください。歓迎いたします」
明朝、まだ夜が明けて間もないうちにウニーとブリギットはグラニッピナの魔女の小屋を後にすることとした。
マメーも師匠もルイスも二人を見送るために小屋の前に立っている。もちろんゴラピーもだ。マメーのローブの肩のあたりにしがみついていた。
「じゃあね、ウニーちゃん!」
「うんマメーちゃん!」
二人は抱き合って別れの挨拶を交わした。
ブリギットが腕を一振りすると、そこには一本の箒が握られていた。白木の柄にヤドリギの穂のついた優美なものだ。
「ま、また会いに来るから。じゃ、行くわよ」
ブリギットがそう声を掛けて、ウニーの腰の高さくらいに箒を浮かせた。触ってもいないの空中に留まってゆらゆらと揺れているのだ。
ウニーはマメーから離れ、師匠に頭を下げた。
「気をつけな。こいつは昔から箒の操縦が荒いのさね」
「はい……」
頷いてウニーは箒にまたがって柄をぎゅっと握り、ふんと鼻で笑ったブリギットはウニーの前に横乗りで箒に腰掛けた。そして魔力を放ちながら口を開く。
「飛ばすから」
「ちょっ、まっ」
「〈遥かなる蒼天の向こうへ〉」
その言葉が終わるや否や、つむじ風と共に二人の姿がかき消えた。ルイスはそう思った。しかしマメーや師匠が上を見上げているのでその視線を追えば、頭上でもう小さな点のようにしか見えない彼女たちの姿が確認できた。
「それじゃーねー!」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
マメーは天に向けて大きく手を振り、ゴラピーたちもマメーの肩の上で手を振った。
ブリギットたちはマメーに答えるように上空で大きく円を描くように飛ぶと、暁の空を切り裂くように東へと向かい、すぐに木々の影に隠れて見えなくなった。
「いっちゃった」
マメーがそう言って手を下ろせば、ピキピーピューとゴラピーたちが慰めるような鳴き声を出す。
「さびしくはないよ。だいじょぶ。ウニーちゃんとならいつかまたあえるし、りっぱなまじょになるってやくそくしたしね!」
昨日の夜は別れが寂しくて一緒のベッドで寝てちょっと涙も出ちゃったけど、今日はもう大丈夫なのだ。マメーはそう考えた。
「さ、あたしらもぼちぼち行くとするかい」
師匠はそう言いながら、マメーの頭をぽんぽんと叩いた。
三人と三匹は一度小屋へと戻る。自分たちの荷物を持ってくるためだ。ルイスが尋ねる。
「グラニッピナ師も箒で行かれるのですか?」
師匠は頷いた。
「そりゃあね、あんたはグリフィンだろう?」
ルイスは銀翼獅子騎士団の副団長である。その名の通り、グリフィンを連れているはずで、王国の端っこのこんな森の中まで派遣されているのはその機動力が買われてのことであるからだ。
「ええ」
「そいつはどうした?」
「森の手前の村で預かってもらっています。森にはさすがに入れないので」
グリフィンは巨躯である。身体は軍馬と同等であるが、その背から生える翼はその身体を浮かせられる程に大きいのだ。大空か荒野や丘陵に住まう生き物であり、森の中では自由に動くことができないだろう。
「エベッツィー村かい?」
「はい」
師匠が村の名を口にし、ルイスは肯定した。マメーがその身をびくり、とすくませた。
「ピキー?」
「ピー?」
「ピュー?」
ゴラピーたちから、どうしたの、大丈夫?と声がかかる。
「ん、だいじょぶよー」
ルイスの耳にはいつも跳ねるようなマメーの声が妙に平坦に聞こえた。だが、それを問いただすこ間もなく、師匠は言葉を続ける。
「一応あそこの村とは古い契約があってね。まあここを離れるなら声をかけとかにゃあならんのさね」
ルイスは得心したように言った。
「ああ、留守を頼み、家や草木を任せるんですね?」
無人の家はすぐに痛む。それに貴重な薬草の世話も頼む必要があるのだろう、そう考えたのだが、師匠はそれを鼻で笑った。
「普通の村人が魔女の薬の世話をするって、無理なこった。それにどうやってここまで来れるのさね。話は別のことさ」
確かにそれはそうだ。ルイスはここまで森を突っ切って歩いてきたが、道中魔物らに襲われているのである。
彼らは荷物を小屋から持ち出すと、玄関の前に置いた。
「忘れ物はないね?」
「あい!」
マメーは元気よく答える。彼女の前にはおっきなトランク、背中にはちっちゃなバッグが背負われていた。
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
ゴラピーたちが答える。
「あんたら荷物なんて……待て、何を持ってきた」
彼ら三匹で力を合わせて、よいちょよいちょと運んできたものがある。
それは一つの植木鉢であった。
「ゴラピーたちがおやすみするうえきばちはいれたよ?」
マメーはトランクを叩きながら言った。
師匠は溜息をつく。
「違うさね、それ植木鉢じゃなくて鉢植えなんだろう。あたしの部屋からわざわざ持ってきたか」
つまり、これは土が入っているだけではなくマンドラゴラの苗も植えられているということだ。
「ピキー!」
赤いのが元気よく答える。
「なんだって?」
「いつかきっとやくにたつからもってくといいよって」
「あんたどうしたい?」
「もってく!」
師匠はため息をひとつつき、顎でしゃくるように鉢植えを拾うよう指示した。マメーは喜んでゴラピーたちからそれを受け取った。








