第37話:めいわくかけちゃいましたー。
マメーはぱちりと目を開けた。
「ピュー!」
青いゴラピーが横になっているマメーの顔に抱きついた。
「ゴラピー……」
「ピュー……ピュー……」
ゴラピーはマメーの頬に顔をこすりつけるようにして、ごめんなさいごめんなさいと鳴いた。
「いいのよ、ゴラピー」
「マメーちゃん!」
ウニーもまたマメーに飛びついた。
「ごめんねぇ……助けられなくてごめんねぇ……」
「だいじょぶ、たすけようとしてくれてありがと」
わんわんと泣くウニーの後ろから師匠は魔法を使った。
「〈診察〉」
〈鑑定〉術式の医術用に特化したものだ。どうやら問題はなかったようで、師匠はどっこらせとマメーの身体から杖を退けて壁に立てかけた。
「ししょー、ごめんなさい」
「何に謝る?」
「めいわくかけちゃった」
ふん、と師匠は鼻で笑った。
「弟子が師匠に迷惑をかけるのは当然さね。あんたが今ゴラピーを許したように、そんなもの迷惑のうちに入りゃしないよ。もちろん、あたしらだってあたしらの師匠にはずいぶん迷惑をかけた。ブリギットなんざ、魔術の失敗で山一つ吹き飛ばしてるしね」
大きな才能や魔力を持つものが魔術に失敗すれば、その被害が甚大になることがあるのだ。
「ちょっと、そこでアタシの失敗を言うのは違うんじゃないかしらー?」
ブリギットが不平を述べる。もちろん、グラニッピナも弟子時代に同等かそれ以上の失敗をおかしているのだ。
師匠はそれには取り合わず、言葉を続ける。
「アンタが謝るのは違うことさね」
「……しにかけたこと?」
マメーはしばし考えてそう口にする。師匠は頷いた。
「まず、焦って泳げもしないのに沼に飛び込んだこと。それとゴラピーを助けるために使ってはいけない力を使ったことだ。なんであんたが倒れたのか分かってるかね?」
「まりょく、つかいすぎた……」
師匠は首を横に振る。
「まずは単純な魔力枯渇、それと魔力変換による生命力の枯渇さね」
「魔力変換……教えてたの!?」
ブリギットが叫ぶ。
生命力を魔力に変換するのは魔術師の間では秘術とされる。それを扱うには三つ星の才能が必要とされるが、三つ星の魔術師は殆どいないからである。
だが魔女の間では一般的な技術だ。ひとつ以上の系統が三つ星以上でなくては魔女と認められないからである。もちろんグラニッピナもブリギットも魔力変換を扱えはする。
だが、危険な技術であるのは間違いない。
「そんなわけあるものかい! 勝手に閃いたんだろうよ」
「失言だったわ、ごめんなさい」
グラニッピナはふん、と鼻息をつく。
そしてマメーの緑色の髪に手を置いて言った。
「これだから……のガキなんぞに魔法を教えることになるのは嫌だったんだよう」
師匠が口を濁したのは五つ星の才を持つということだ。ルイスの前でそれを開示する必要はない。
師匠は悪態をつくが、マメーはその言葉に傷ついたりはしない。マメーの頭を撫でる師匠の乾いた手はいつだって優しいからだ。
「追加の人員をよこすよう協会に連絡してるのに、返事すらよこさないしね!」
神殿長が緊急ふくろう便を申請不受理としたことを師匠は知らない。
「ったく……マメー、あんたは死にかけた」
「うん」
「ゴラピーを仲間と、友達とみなすのが悪いとは言わんがね。それは自分の命あってのことだ」
「うん」
「分かってないね。青を助けるためにあんたが死んだら、赤と黄色も死ぬんだよ」
ひうっ、とマメーは息を飲んだ。
マメーとゴラピーの間には魔力的な繋がりがある。マメーの魔力で動いているということだ。マメーが死ねば当然、魔力の供給元が絶たれて死ぬ、少なくともただのマンドラゴラの苗には戻るだろう。
「ピキー!」
「ピー!」
赤と黄色のゴラピーたちも慰めるようにマメーの顔に抱きついた。
「ごめんねぇ……」
マメーはゴラピーたちに謝罪の言葉を述べた。
「ま、反省は後で自分でしな。それと、あんた多分何らかの後遺症が残るよ」
「こーいしょー」
「いくらちっちゃい生き物とはいえね。死にかけの魔法生物を一瞬で治癒するには、あんたの使いかけの魔力と、ちっちゃな身体の生命力を足しても本来足りはしないないんだ。何らかの代償を払ったはずだよ」
ウニーががばっと立ち上がって尋ねる。
「それは、何ですかっ!?」
師匠は首を横に振った。
「わからん。今〈診察〉の魔術を使ったが、健康そのものだ。だが、魔術において因果は必ず巡るものさね。魔力に不足があったのに成功したってことは、将来の何かを代償に払ったってことだよ」
マメーはうんと頷き、ウニーは顔をくしゃりと歪めた。
「さ、マメー。立ち上がってみな。ゆっくりだよ」
「ん」
マメーはベッドから立ち上がった。ウニーがいつ倒れても支えられるようにと、手を差し伸べ掛けた変な体勢でかたまっている。
師匠は尋ねる。
「ふらつくかい?」
「ううん」
「だるいとか頭が重いとかは?」
「だいじょぶ」
「お腹は?」
「……へった」
くぅ、と小さな音が鳴った。
「ま、昼でも食べるかねえ。ルイス、あんたも食っていくだろう?」
「はっ、ご相伴に預かります」
師匠はひらひらと手を振って肯定の返事とし、部屋から出ていった。








