第36話:マメーの治療
「ピキー!」
「ピー!」
赤と黄色のゴラピーたちは青いゴラピーが元気そうであることに喜んでぴょんと跳んで手を振る。
「ピュー」
青いゴラピーは卓上の彼らに向けて両手を振るが、すぐにマメーへと振り返った。
マメーはうつ伏せに倒れて動かない。
「ピュー……」
ゆさゆさと揺するような仕草を取るが、ゴラピーの小さな手で彼女は動かない。
「ピキー……」
「ピー……」
赤いのと黄色いのも不安そうに卓の下を見下ろす。
グラニッピナが言った。
「ルイスと言ったね。あんた、この子を抱えてやってくれるかい」
「……ええ、かしこまりました」
ルイスはかがみ込むと、うつぶせになっている彼女を仰向けにして背と膝裏に手を回して持ち上げ、立ち上がった。
彼女の顔面は蒼白であった。呼吸も止まっているかのように弱い。
「マメーちゃんは! マメーちゃんは何をしたんですか? 大丈夫なんですか!?」
ウニーが尋ねた。ルイスもそれは大いに気になっている。だが……。
「悪いね、説明は後だ。一刻を争うのさね」
グラニッピナはそう言いながら足早に部屋を出た。
「ピキー……」
「ピー……」
卓上のゴラピーたちが小さく鳴いた。
ルイスが前回来た時はいなかった青いのはマメーのローブにしがみついて胸の上のあたりにいた。
ルイスはマメーを抱え直しながら片手を卓上に伸ばす。
「ピキッ」
「ピッ」
彼らはぴょんとルイスの手甲に飛びついた。そしてルイスの腕をつたってマメーのローブに掴まり、さらによじ登っていく。
ルイスは特に何も言わず、しれっとグラニッピナの後を追った。
「ここに寝かしておくれ」
連れて行かれたのはベッドである。
部屋の家具は小さめであり、マメーのための子供部屋であろうことはすぐに見てとれた。
ベッドの中央にマメーを横たえると、グラニッピナはマメーのローブをまくって腹を出す。そしてお腹のへその上あたりに杖の先端を当てた。杖の先端から暖かな魔力が流れる。そして逆の手で虚空に開いた穴に手を突っ込み、薬瓶を手に取ると、器用に蓋を口で開けた。
後を追ってきたブリギットが尋ねる。
「アタシは何か手伝えるかしら?」
「ブリギット、治癒魔術を。ウニー、あんたはこの飲み薬を綿に染み込ませてマメーに飲ませてやっておくれ」
「分かったわ」
「はいっ!」
ルイスも申し出る。
「私は何か手伝えますか?」
「ふん、ここで見聞きしたことを王都に黙っててくれるのが一番の手伝いだがねえ。それとあんたの有り余ってる体力をちょいと貸してもらうよ」
薬瓶をウニーに渡し、開いた手でルイスの身体にその手を当てる。
がくり、とルイスの身体から力が抜けた。身体がふらつき、思わず膝をつきそうになる。
「何をっ……!」
いや、思わずそう呟いたが、ルイスには分かる。体力が奪われたのである。一種の悪魔や吸血鬼、霊体の化物などが使うことがある技で、ルイスも騎士としてそれらと戦ったことがあるのだ。
だが、ここまで高速にごっそりと持っていかれたのは初めてだった。
「へえ、話せるなら大したもんだ」
グラニッピナは笑みを浮かべると、ルイスに触っていた手を離して杖に添える。長い杖の先端に取り付けられた宝玉が輝きを放つと、それはマメーのすべすべの腹へと吸い込まれていった。
「ピキー?」
「ピー?」
「ピュー?」
ベッドの上、ゴラピーたちが師匠を見上げて鳴いた。グラニッピナには彼らの言葉はわからない。だが、何が言いたいか分からないようなこともない。
「マメーを応援してやんな。ああ、あとね」
彼女は再び虚空に手を突っ込み、別の瓶を取り出した。ゴラピーたちの蜜の入っている瓶だ。
「こいつをマメーに使ってやるからさ、またおくれよ」
「ピキッ」
「ピッ」
「ピュッ」
ゴラピーたちは頷くと、ぐっと力を込めるような動きをとった。
ぽん! ぽんぽん!
ゴラピーの頭の葉っぱが消えて花になった。
「えっ、は?」
ルイスが驚愕の声を上げる。
彼らが唖然とする前で、ゴラピーたちはてちてちとマメーの枕元に移動し、マメーの口元でふりふりと頭上の花を振った。
ぽたり、ぽたりと蜜が唇に落ちる。
変化は劇的だった。
マメーの唇や顔に血色が戻ったのだ。
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
ゴラピーたちはぴょんと喜びに跳ねた。
グラニッピナは、はぁと大きなため息をついた。もちろん、今の蜜だけで治ったわけではない。グラニッピナの与える魔力とブリギットの治癒魔法、ウニーが与えた薬あってのことで、あれは最後のひと押しにすぎない。
だが変化が劇的すぎた。少なくともルイスの目には。
「ルイス、いやルイス・ナイアント卿。万象の魔女の名において改めて頼みたい。この件は王都で報告をしないでおいておくれ。対価はなんでも払おうじゃないか」
「万象の魔女よ、ルイス・ナイアントの名に掛けて、このことは私の胸の内に秘めておきましょう」
ルイスは重々しくそう答えた。
「ありがとうよ」
マメーの腹から杖をどかしながら、疲れた声でグラニッピナはそう言った。
マメーはすやすやと眠っていた。








