第35話:だめー!
ルイスが泣きじゃくる二人をあやすように揺らしながら抱きかかえて魔女の庵の前まで歩くと、小屋の扉がばんと勢いよく内から開けられた。
「おっとこれはグラニッピナ師と……」
扉からは慌てた様子で、ローブを羽織った老婆と妖艶な美女が現れた。
「あら、ブリギットよ。あなたの抱えてるウニーの師匠」
美女はそう軽く名乗りを上げた。サポロニアン王国とはあまり関わりがないが、このあたり数カ国に跨って活動する高名な魔女の一人だったはずだ。とルイスは思い起こす。
ルイスは両手が塞がっているため、礼は頷くにとどめて挨拶した。
「サポロニアン王国銀翼獅子騎士団所属、ルイス・ナイアントと申します。魔女ブリギット師」
挨拶の口上は、二人の少女の泣き声に遮られた。
「うえぇぇん、じじょー」
「うえぇぇん、師匠ー」
グラニッピナは大きなため息をついた。
「弟子たちが世話になったようだ。そして大きな借りができたようだね。ま、あがんな」
そう言って踵を返し、〈浄化〉と呟いて、指で乾いた音を鳴らす。ルイスたちの身体から泥などの汚れが落ちた。
「ふふ、水も滴る良い男ね、あなた」
ブリギットは笑う。ルイスは端正な顔立ちではある。だが、それを褒められたのか、実際にずぶ濡れなのを揶揄われたのかは判断がつきかねるところであった。
「〈乾燥〉」
ルイスたちの体表や服の水分が消えた。水でずしりと重かった服が軽くなる。
そうして部屋には二人の魔女と二人の魔女見習い、ルイスと三匹のゴラピーたちが入ったので、部屋は随分と狭く感じられた。
部屋の奥の壁に杖を立てかけて、さっさと座った師匠が言う。
「薬の件だろうがずいぶんと戻るの早かったじゃないか。おかげで助かったようだが」
実際、まだ一週間も経ってないのだ。
「ええ、城に戻って報告を済ませてすぐにこちらに……」
師匠は手のひらをルイスに向けて言葉を止めた。
「ああ、そうだろうとも。弟子を助けてくれてありがとうよ。あんたの望みは叶えるさね。だが、今はちょっと待ってはくれないかい?」
ルイスは肯定に頭を下げ、抱きかかえていたマメーとウニーをそれぞれの師に渡した。そして赤と黄色のゴラピーを卓の上にそっと置き、部屋の隅へと下がった。
「マメー」
「ししょー……ゴラピーが……」
泣き止んでいたマメーは項垂れてそう言った。
「ピキー……」
「ピー……」
赤と黄色のゴラピーもしょんもりと頭上の葉っぱを垂らして鳴いた。
マメーは懐に抱きかかえていた青いゴラピーを師匠に見せる。茎は折れ、身体は割れ、ぐったりとして動かなかった。
「食われたか」
「ん……なおる?」
師匠は静かに首を横に振った。
「こいつは無理さね」
「ひぅっ……」
どう見ても致命傷ではある。植物としても動物としても。
実のところ、ゴラピーの生態が不明であるとしても、万象の魔女たるグラニッピナが全力で当たれば治せないとは言い切れない。だがそれには希少な魔術の触媒などの対価が必要だ。今のマメーではとうてい払えないほどの。
もし、マメー自身が傷を負ったのであれば師匠はそんな対価などいっさい考えずに彼女を救ったであろうことは間違いない。だが、ゴラピーはマメーの使い魔のようなものなのだ。使い魔の責任は主人が負うものであるし、使い魔は基本的に主人より非力で短命である。そこに強く入れ込んではいけないと言うのが魔女にとっての常識なのだ。
師匠はゴラピーを通じてそれをマメーに伝えようとした。
「ピュ……」
青いゴラピーが弱々しく鳴いて、僅かに目を開ける。マメーの琥珀の瞳と視線が合い、そしてゆっくりと目を閉じた。
「だめー!」
そう叫んだマメーの身体から魔力が奔流のように溢れた。
ブリギットとウニーがこちらを向く。魔術師でもないルイスすら反応し、警戒態勢を取るほどであった。
「おやめ!」
師匠が叫ぶ。マメーは死に瀕したゴラピーを治そうとしている。危険な量の魔力だ。師匠から見てマメーの魔力は多くないし、さらに言えばゴラピーを三匹も使役しているためにその魔力の半分は常にそちらに流れてしまっているような状態である。こんな奔流が如き魔力を放出できるはずはない。
魔力は枯渇すれば通常は魔術が使えなくなるだけだ。だが三つ星以上の才能がある系統であれば、その魔術は自身の生命力を魔力に変換して使うことが可能なのだ。もちろん、そのやり方は通常教わらなければできるものではない。だが、五つ星であるマメーであれば才能だけでそのやり方に至る可能性があった。
師匠がマメーに魔術を教えるのに慎重だった理由の一つであり、その懸念は今現実のものとなった。
「〈しょくぶちゅさいせー〉!」
治癒ですらなく再生かと師匠は舌を打った。
再生は治癒の上位術式だ。人間であれば失われた四肢や臓器すら復活する。ゴラピーの状態から〈植物治癒〉では足りぬとわかるセンスは流石だが、それを発揮して欲しくはなかった。当然、必要な魔力も数倍なのだ。
「〈昏睡〉っ……!」
師匠は壁に立てかけた杖を急ぎ手にし、マメーに向けて術を放った。
意識を強制的に失わせ、術を中断させようとしたのである。
「あっ……!」
とさり、と軽い音を立ててマメーが倒れた。師匠が杖を突きつけた体勢のまま、しばし誰一人動けなかった。
マメーも床の上に倒れて動かない。赤と黄色のゴラピーたちすら卓の上で息を殺すように固まっていた。
がさり、と倒れたマメーのローブが動いた。
「ピュー……?」
青いゴラピーが鳴きながらのそのそと這い出してきたのだった。








