第34話:かえるさんだめなのです!
マメーが飛び込んだのは沼の中央近く。勢いがつき過ぎたか、カエルを飛び越すほどの距離であった。
「カエルさんだめ!」
そう言いながらばちゃばちゃと暴れてヒキガエルの頭がばしばし叩かれる。
「ピキー!」
赤いゴラピーもマメーと一緒にカエルをべちべち叩いた。
「ピー!」
マメーと一緒に飛び込むことになった黄色いゴラピーは、ヒキガエルの口からはみ出ている青いゴラピーの、もさもさした葉っぱをぐいぐいと引っ張った。
「ぐえっげこ」
マメーを害することを師匠に許可されていないカエルは、抵抗することもできず迷惑そうな顔をしてぱかりと口を開け、ぺっと青いゴラピーを吐き出すと、ぶくぶくと泡を吐きながら沼を泳いで逃げていった。
「ゴラピー!」
青い身体はぬめってぐったりとしている。茎は折れ、根っこでできているであろう身体の部分も割れていた。
「ピキー……」
「ピー……」
赤と黄色のゴラピーが悲しげな鳴き声をあげる。マメーは泣きそうだった。
「マメーちゃん!」
ウニーの叫び声が聞こえた。マメーははっとする。ここは沼の中で、ローブに水が染みてきている。マメーたちが暴れて泥で濁った水が。
「ウニーちゃっ……っ!」
マメーはゴラピーたちを抱え、水を吸って重くなったローブで動こうとするが上手く体が動かない。水泳など学んだこともないのだ。
ウニーは沼の縁に膝をついて身を乗り出し、マメーに手を伸ばすが届かない。
ウニーは立ち上がり、ローブの中から短杖を抜いた。こんな時のための魔法である。
「〈闇〉!」
ウニーの隣に光を通さぬ闇の半球が形成される。そして深呼吸を一つ。
「〈闇変形〉!」
闇の半球が変形し、蛇のように沼の上へと伸びていき、樹の枝のように分かれていった。
「それから……〈闇・性質変化〉っ!」
闇がどろりとたわんだ。闇が重さを得たのだ。つまりウニーは本来なら光を遮るだけの闇を固体とし、綱のようにして掴まってもらおうとしたのである。
だがその時であった。
「げこっ」
泳いできたヒキガエルが低く鳴きながら岸に上がってきた。それはウニーの目の前で、てらてらと輝く灰色の瞳がウニーの視線と合った。
「ひっ……!」
ウニーは、いやそれは大半の女の子がそうであるように、カエルがあまり得意ではなく、しかも彼のようにでっぷりとしたヒキガエルは苦手だった。
集中が乱れる。
そもそも〈性質変化〉は見習いには高度な魔術なのだ。
先日、マメーたちに披露した時も、落ち着いた状態で魔力を整え直してから使用していた。そもそもまだウニーには魔術の連続使用は厳しく、それも焦った状態であり、そして今カエルを見たことで完全に集中が乱された。
掴まろうとしたマメーの手が闇をすり抜けて沼に落ち、ばちゃりと音をたてた。性質が元の闇に戻ったのである。
「えっと……、えっと……!」
ウニーは再び魔力を練り直そうとするが、焦って詠唱の言葉が出てこない。こうしているうちにもマメーの身体がだんだんと沼に沈んでいくのだ。
「ウニーちゃっ……!」
「〈闇・性質へ〉っ……!」
ウニーは再び魔法を使おうとするが、一瞬意識が遠のいて魔術を唱え切ることができなかった。魔力が不足していたのである。魔術は成功失敗に関わらず、行使すれば魔力は失われる。連続での使用ができるほどウニーの魔力はまだ育っていないのだ。
おそらく、マメーを助けるなら水系統魔術の〈浮力〉でもかけてマメーに沼の中でぷかぷか浮いてもらって、棒でも持ってくるか師匠たちを呼びに小屋に戻るのが一番良かったのだ。
だが、心理的にマメーを置いて離れるというのは難しいというのもあるだろう。ゴラピーも助けるため急がなくてはと焦ったのもあるだろう。ウニーは難度の高い魔術を使おうとして失敗した。
「どうしてっ」
ウニーの口から無力を嘆く言葉が漏れた。
その横を銀の風が通り過ぎた。
それは人間の大人が走ることによるものだった。銀に見えたのは輝く鎧だった。
「マメー!」
男性の叫ぶ声が森に響き、彼はざぶん、と大きな水音と共に沼に飛び込んだ。
鎧姿の男は力強く沼を掻き分けるように進むと、マメーの首元を掴んでぐいと持ち上げる。
「ルイ……ス……?」
マメーの口から弱々しく尋ねる声が出た。兜を被っていて、顔が見えなかったのだ。ルイスはマメーを片手で抱きかかえると、面金を上げる。澄んだ碧眼がマメーを捉えた。
「ええ、ルイスですよ、マメー。泳ぐのには早い季節では?」
「うわあああぁぁん!」
マメーは火のついたように泣きだし、ルイスに抱きついた。
「ピキー!」
「ピー!」
赤と黄色のゴラピーたちもルイスの鎧にぴとりと身を預けた。
「まずは沼から上がりましょうか」
ルイスは体を反転させると、再び力強く水を掻き分けて、岸へとたどり着いたのだった。
「うわああぁんマメーちゃんごめんねぇ!」
「うわあああぁぁん!」
そこにはもう一人の少女がいてマメーに抱きついてきたので、ルイスは困った顔で泣きじゃくる二人を抱き上げて魔女の小屋へと向かったのだった。