第32話:きょーのさんすーは、けるやまざんです!
「どれ、〈繁茂〉」
師匠はミントの鉢植えに無造作に手をかざした。杖や魔術剣というのは魔術の行使を補助する道具にすぎない。術式は過たず発動し、ミントの茎がぐぐっと伸び、そしてミントの葉っぱがもさあっと増えた。
「ふむ」
師匠は卓上のゴラピーたちを見おろす。
葉っぱだらけで玉のようになったミントを見て、すごーいと喜んでいるように見える。
「ピュー?」
目のあった青いゴラピーが首を傾げた。
「植物系でも婆の魔力はいらんか」
ウニーは言う。
「マメーちゃんの魔力にしか反応しないんですかね」
ふーむ、と師匠は唸ってマメーに尋ねた。
「マメーはどう思うさね?」
ん、とマメーは頷いた。
「ゴラピーたちはマメーのまりょくがすきー」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
マメーがそう言えば、ゴラピーたちは肯定するようにぴょんと跳んだ。マメーは魔術に対する知識こそまだ浅いが、ゴラピーたちがマメーの使い魔のようなものであるとすれば、そこには魔力的な繋がりがあり、その意見は正しい可能性が高いだろう。
「えへへー、マメーもゴラピーすきー」
「ピー!」
黄色いゴラピーがぴょんとマメーの腕の中に飛び込んだ。
それ見て他の二匹もマメーにくっつきにいく。
師匠はやれやれ、ここまでかと立ち上がった。
「マメー、葉を間引いておいておくれ。それで精油を作るからね。その後は勉強の続き」
「あい!」
「あたしゃ奥に行くよ。ブリギット、あんたは薬の支払いだ」
「ええ、そうね」
薬の支払いといっても、金や宝石で払うようなものではない。高位の魔女は金には困らないからだ。特に魔女どうしの取引では魔術の儀式に使う希少な素材などの物々交換や、魔術儀式への協力などが求められる。
ブリギットは頷くとウニーに指示を出した。
「ウニーも水属性の続き自習してて」
「はーい」
師匠が部屋を出ようとすると、青いゴラピーが「ピュ?」と鳴く。
「ゴラピーが『ぼくは?』っていってるよ」
赤と黄色のゴラピーも師匠を見上げた。
彼らも何か指示が欲しいようだ。
「散歩でもしておいで。そのへんでなんか実でも取ってくるといいさね」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
師匠がそう言えば、ゴラピーたちは片手を上げ、嬉しそうな鳴き声をあげた。
師匠たちが部屋を出るとマメーは外にゴラピーを連れ出し、いってらっしゃいをした。扉はゴラピーたちが通れるようにほんの少し開けておく。本当はダメなんだけど、お客さんが来ることもそうはないのだ。
ゴラピー用のちっちゃい出入り口とかあるといいなあ。ちっちゃい扉から「ピ!」って入ってきたら可愛いのに。師匠用意してくれないかなあ、とマメーは思う。
そして籠を用意して卓に戻ると、ミントの葉っぱをむしり始めた。
青いさわやかな匂いが部屋に満ちる。
「マメーちゃんは植物系以外の魔術はまだ教わってないの?」
魔術書を取り出して眺めていたウニーは、マメーに尋ねる。
「んー。まずはとくいな、しょくぶちゅけーからおぼえろってししょーいってた」
「そっか」
マメーは葉っぱをむしりながら答えた。
植物系は生命に関わる属性でもある。達人階位である師匠たちにとっては大差ないが、初心者のマメーたちにとっては本来高度な術だ。普通であればもっと単純な〈発火〉や〈光〉などから覚えるものである。
ウニーのような完全特化型はそもそも闇と水以外の術を使えないから仕方ないが、マメーは準特化型。他の術式から覚えても良いのではないかとウニーは考えたが、グラニッピナ師匠の方針は違うようだ。
「わたしはねー、まじょにしてはまりょくがすくないからー、とくいなのからやったほうがいいんだって」
「あー、マメーちゃんそうなんだっけ」
「ん」
マメーは魔女のなかで魔力が少ない方である。それはまだ幼さにより体力や魔力が成長していないことが理由の大半を占めるが、それにしても才能の豊かさに反して少なめであると師匠は考えていた。
魔法を使えば当然ながら体内の魔力が減る。それは時間が経てば周囲の魔素を吸収することで回復するものではあるが、魔力が空になれば一時的に魔法は使えなくなる。
つまり、魔力が少ないと魔法の実技練習の回数が減るのである。それであれば得意なものをまず伸ばす方に注力すべきというのが師匠の方針なのだ。
しかしこの方針もいずれ変わる日が来るだろう。なぜならまだ師匠もマメーも体感できていないが、その魔力を増やすよう、マメーにせっせと魔力の実を食べさせているちっこいのたちがいるからである。
「よし、おわりー」
「おつかれー」
マメーがミントの葉っぱをちょうど良いくらいにむしり終えた。鉢植えを日当たりの良い場所に、葉っぱには布を被せて日陰に置く。そして勉強を始める。
「えーっと、けるべろすとやまたのおろちがあわせて10とういます。あたまをかぞえたら50こありました。けるべろすとやまたのおろちはそれぞれなんとういますか? えっとー……けるべろすのあたまって3つだっけ?」
「……そうだよ」
こうしてふたりが勉強に集中し、昼も近づいた頃である。マメーが突然立ち上がった。
「ど、どうしたのマメーちゃん?」
「たいへんなの!」
マメーの顔が白い。
「な、何があったの?」
「なにかわからないけどたいへんなの!」
マメーがそう言った時であった。
「ピー!」
小屋の入り口の隙間から黄色いゴラピーが駆け込んできたのだ。
ぜんぶけるべろすだとーあたまが30でしょー。
50-30は20でー。
やまたのおろちひくけるべろすは8-3で5。
5が4つで20だからやまたのおろちが4とう!








