第31話:いろいろまほーのじっけんもします!
「うーん……」
ブリギットはぽりぽりと頭をかいてしゃがみ込み、マメーと目を合わせた。
「まあ、仕事はあるのよね。朔……月のない夜の大潮にやらなきゃいけない儀式があってね」
ブリギットの二つ名は大海と蒼天の魔女である。海や航海に関する大規模な儀式にはしばしば参加しているのだ。
「ウニーにも儀式見せなきゃいけないしさ、もうすこししたら帰らないと」
ブリギットたちがここにきたのは満月の翌日なので、もうすぐ下弦の月の頃である。儀式の準備も考えれば数日のうちに帰らねばならなかった。マメーは悲しかったがこくりと頷いた。
「ん、おしごとだいじ」
師匠が頑張ってお仕事しているのを見ているのである。もちろんブリギット師匠も頑張ってお仕事をすると分かっているのだ。
ブリギットはぽんぽんとマメーの頭に手を置いた。
「そうね。さ、朝食にしましょ?」
「ん」
マメーの言動は幼いがそのあたりの物分かりは良い。だが、感情が追いついているかは別である。彼女は朝食をとる間、やはり寂しいのかウニーにひっついていた。
「ウニーちゃん!」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
ゴラピーたちもマメーやウニーにくっついていたのでウニーはさぞや食事がしづらかったであろうが、文句を言うことはなかった。ウニーもまたマメーほどではないが同年代の友人は少ないのである。
食事のマナー的にも褒められたものではないが、どちらの師匠もそれを注意はしなかった。
そして食事の後、片付けや花への水やりなどすませ、魔術の授業である。その頃にはマメーも気持ちが収まっていた。
「じゃあ始めるかねえ」
師匠がそう言って、マメーの前にミントの鉢植えを置いた。ゴラピーたちは卓上でマメーに頑張れと言うようにぐっと拳を挙げた。
ウニーとブリギットは見学だ。他の魔女が魔術を使うのを見るのも大事な勉強なのである。
「あい!」
マメーは元気よく答えた。師匠はマメーに見習い用の杖を渡しながら言う。
「そうさね、じゃあ〈繁茂〉の術式を使ってもらおうかね」
繁茂とは植物の葉っぱを茂らせる植物系の魔術である。虫などの食害で葉が減ってしまった時などに使って、葉っぱを増やして被害をなくすことなどができるものだ。
マメーはこくりと頷き、見習い用の短い杖を鉢植えに向けて高らかに呪文を唱えた。
「〈はんもー〉!」
師匠たちはマメーの魔術を観察している。ちょっと舌足らずな発音ではあるが魔術を発動するための詠唱に問題はなく、杖の先端も真っ直ぐミントに向けられていた。
何より師匠は〈魔力視覚〉の術を使っていた。普通の人間には見ることができない魔力を輝きとして知覚する魔術だ。マメーの体内の魔力が強く輝いたかと思うと、それが手にした杖の先端からきらきらと放出され、鉢植えのミントに向かっていくのが見えた。完璧な魔術の行使である。
だがその光はミントに当たる直前で、ぐにゃりと向きを変えて分裂し、マメーの手元に戻って行った。
「なんじゃそりゃあ!」
思わず師匠は叫ぶ。
戻ったのは厳密にはマメーの元ではない。ゴラピーたちに向かっていた。
「ピュー」
青いのは師匠がこちらを見ているのでなんとなく返事をした。
「ピー?」
黄色いのは頭上がなんか重いのに気づいて疑問の声を上げた。
「ピキー!」
赤いのは頭上の変化に気づいて歓声を上げた。
ゴラピーたちの頭上の葉っぱが、もさあっと茂っていた。
「ぷっ……ふふふ……ごめんなさい、失礼……ぷふふ」
ブリギットが笑い出した。
ゴラピーたちの頭から茎がにょろっと伸び、その先から緑色の房がはえているように見える。エノコログサ、いわゆる猫じゃらしのようだ。
自重で垂れたその房がゴラピーたちも気になるのか、捕まえようと手を伸ばしているのが猫じゃらしにじゃれつく猫のようである。
ブリギットはその様子がツボに入ったのか笑いが止まらない。
「しっぱいしちゃった?」
マメーは杖をおろし、首を傾げた。
魔法を覚えてから毎日練習しているが、初日からずっとこんな感じである。マメーの問いかけに師匠は首を横に振った。
「マメー、あんたは魔法をなにも失敗してないさね。魔力を見てたがあれだ、ゴラピーたちが魔法を吸って曲げてるのさ」
「ふーん?」
「魔法の偏向は高等魔術に属するようなものなのでは?」
ウニーが手を上げて尋ねた。
魔術の向きを変える魔術というものがあるが、極めて難しい魔術である。ゴラピーたちがそんなものを使えるとは思えないのであった。
師匠は肩を竦めて指を振る。それだけの仕草で指先に星型の光が発生し、真っ直ぐ空中を飛んで壁にぶつかってはじけて消えた。
「きれー!」
マメーはぱちぱちと手を叩き、ゴラピーたちも音はしないがぺちぺち手を叩く動作をした。
師匠は言う。
「な、あたしの魔法は見向きもしないのさ。マメーの魔法だけ欲しがるんだからそういう性質ってだけさ。高等魔術を使ってる訳じゃあない」
ウニーは考え込んだ。師匠は優しく声をかける。
「いいよ、どんなことでも言ってみな」
「植物系の魔術を吸うという訳ではないですか?」
師匠はふむ、と唸った。








