第28話:師匠たち、会話する。
マメーとウニー、それとゴラピーたちが小屋の外に出ていく。黄色いゴラピーが家を出る時に振り返って師匠にぶんぶん片手を振った。
それを見送って、師匠はふあぁとあくびをひとつ。
「茶でも淹れるとするかね……あんたは?」
「いただくわ」
ブリギットの言葉に頷くと杖を一振り。〈騒霊〉の術式を使うと、扉が開いてかまどの方でかちゃかちゃと準備の音がしだす。
台所から皿とジャムとビスケットが飛んでくるが……。
「ジャムはいらないかねぇ」
「あら、アタシは欲しいわ」
師匠の言葉にジャムの瓶が途中で台所に戻りかけ、またくるりとこちらへ。
つやつや光るオレンジ色に満たされた透明な瓶。ブリギットはそれを撫でた。
「ここのジャムはちょっと他では食べられない味だもの」
万象の魔女のところで育てている植物の出来は素晴らしいと昔から評判であったが、マメーがこの庵に来てからの数年の品質の向上はいっそ異常であるとすら言えるほどである。
ビスケットをつまみながら師匠は言う。
「その後、昼食の用意を四人分だねぇ」
包丁とまな板がトントンと鳴り、その言葉に応じた。
紅茶にビスケットの簡単な朝食をしていると、ブリギットがビスケットにジャムをたっぷり載せながら尋ねる。
「なんなのよおチビさんのあれー、魔術としても生物としてもありえないわ!」
マンドラゴラがあのような珍妙な姿になったのを当然ブリギットは見たことがない。
自立行動・二足歩行し、こちらの言葉を解する魔法生物。ホムンクルスやゴーレム、使い魔やアンデッドなど大半のものが何らかを使役する。今料理をしている〈騒霊〉もグラニッピナの不可視の召使のようなものだ。
だがそれらは魔術や錬金術の技術として確立しているものである。あんな鉢植えに魔力を流せば、ぽんと生まれるようなものではあり得ないのだ。
「そうさねえ」
「そうさねえって、おばあちゃん?」
「そうかもしれんし、そうでないかもしれん。四つ星の魔女はいるが、五つ星の才能など物語の中の存在よ。あれが真の魔術で、あたしらのは紛い物だと言われたらそうでないとは言い切れんね」
「うーん、まあ、そうね」
「それにマメーにマンドラゴラの苗を渡したのは昨日のことさね。まだ調査なんてしておらんよ。〈鑑定〉術式を一回かけて、新種のマンドラゴラと確認しただけだ」
確かに魔女集会でマメーに新参者の階梯が与えられてすぐのことだ。魔術の行使を始めたばかりだろうし、昨夜は満月だからブリギットの頼んでいた調薬に忙しかったのもわかる。
だがそれでも。魔女というのは好奇心の生き物だ。寿命など魔術で伸ばすことができるような高位の魔女であれば、その好奇心が枯れる、世界に興味を失えば死を選ぶようになるのだ。
あんな未知のものが手元にあれば、それを寝食も忘れて調べだすのが万象の魔女グラニッピナという存在ではないのか。
「おばあちゃん、アナタまさか……」
ふん、と師匠は鼻で笑う。
彼女はそれに答えず、とん、と卓を指で叩いた。
その動作一つで魔術が行使され、家の外で遊ぶマメーとウニーの様子が卓上に幻として投影される。
ウニーの〈闇〉の魔術が無数の棘のような触手のようなものを伸ばした球体となり、マメーやゴラピーたちを持ち上げて遊んでいた。
師匠は言う。
「ウニーも随分良い魔女じゃないか。あの歳で〈性質変化〉ができるってのはたいしたもんだろう」
ブリギットは頬を掻いた。
最年少の新参者階梯という記録を持つのはマメーであるが、そうでなくともたかが10歳程度で魔術を行使できるというのはれっきとした天才である。
ここは五つ星の才能と全属性三つ星という異常な二人が住む庵であるが、そもそも四つ星だって希少な魔女の中でさらに一握りしかいない存在なのだ。
「んー、まあちょっとサボり気味なところというか、おっとりしているところはあるけど、そうね。良い弟子だわ」
「くかか、サボり癖はあんたのがひどかっただろうに」
「もー、古い話はやめてよ」
師匠は目を細めて幻影の中の少女たちを見る。
今度はウニーが手の中に水球を作っていた。ゴラピーたちがそれに走り寄り、その水を掬っている。
「子供たちってのはさ、可能性の塊さね。もちろんマメーは特異な存在ではあるにせよ、あたしゃそれに気付かされた。老いた我々にできるのは、その可能性を精査してやることじゃない、自由に伸ばしてやることだ。あんたもそれに気づいたんじゃないかい? 妹弟子よ」
ブリギットはため息を一つ。
「そう、そうね。姉さん」
二人は同じ魔女の師匠の弟子であったのだ。もう半世紀以上昔の話だが。
「マメーを護るのは分かるわ。でもゴラピーは? 特別な何かがあるんでしょう?」
ブリギットは話を逸らされているのを感じている。姉弟子はいつもこうだ。面白いことを独り占めする。
じっと見つめ続けるブリギットに、師匠は降参したとでもいうように両手を挙げた。
「ゴラピーを傷つけるのはマメーを傷つけるのと同義だ」
少なくともマメーは悲しむだろう。ブリギットは立ち上がって魔女としての正式な礼をとって誓った。
「大海と蒼天の魔女の名において、マメーとゴラピーを護ると誓うわ」
「ついでにその存在を秘匿すると誓っておくれ」
ブリギットが誓うと、師匠はにやりと笑みを浮かべて卓の上に小瓶を置いた。
「ゴラピーがくれたものだよ」
「……蜜?」
「純粋な魔力溶液さ」
ブリギットの顎がかくんと落ちた。
「うっそマジで!?」








