第26話:おはながさいてるほうがかわいいのです!
高位の魔術師や達人級の魔女ともなれば、寿命を延ばせるような魔術を使えるような者がいる。〈老化停止〉や〈若返り〉の魔術だ。不老不死とまで言える存在はそれこそ秘儀の神々くらいしかいないが、魔女は百年やそこらは優に生きる。
もっとも、それらの術は極めて高度だ。魔女の中でも使える者は限られる。事実、ブリギットには扱えない。
ただ、使えないなら買い求めれば良いのだ。
「もー、歳は乙女の秘密なんだからっ」
ブリギットがそう言えば、師匠はうへえという顔をつくり、ウニーはため息を吐いた。
「なーにが乙女だよ……」
「さすがに無理があるかなって……」
「なによう!」
ぷりぷりするブリギットに、マメーはびっくりして叫んだ。
「ブリギットししょーおばあちゃんだったの!?」
マメーはブリギットの年齢を知らなかったのである。
「おばあちゃんじゃないわ、おねえさんね」
だがブリギットは否定する。マメーは神妙な顔で宣言した。
「ブリギットししょーはブリギットししょー」
「それでいいわ」
年齢を感じさせない呼び方であればブリギットは構わないのである。
「……えっと、なんの話だっけ」
「薬はまだできないってことさね」
師匠はそう言った。ゴラピーが特別な、価値ある存在であるというところから話題をそらしていたのである。
「ピキー?」
「ピー」
「ピュー!」
そのゴラピーたちはマメーの腕の中でわさわさ動きながら話し始めた。
「おりる? いいよー」
師匠とブリギットは製薬にかかる時間やら手順やら話しているが、その間にマメーはゴラピーたちを卓の上に戻した。彼らは卓の上に腰掛けてくつろぎ始める。マメーは彼らの花に手を伸ばし、ちょんちょんと撫でた。
「ピキー……」
「ピー……」
赤いゴラピーと黄色いゴラピーは機嫌良さそうにゆらゆらと花を揺らす。
「ピュー……」
青いゴラピーは機嫌良さそうにゆらゆらと双葉を揺らす。
そういえば青いゴラピーの頭の上だけ葉っぱだなあと、マメーはふと思った。赤いのと黄色いのから魔力のベリーをもらったのは青いゴラピーが生まれる前だったのだ。仕方ない。
でもお花がいいなあ、いいよねぇ。
マメーの手から魔力が少し漏れ出すように流れた。
ぽん!
光と共に軽い音が鳴る。
「は?」
まず、なんとなくゴラピーたちを見ていたウニーがぽかんと口を開けた。
「ピキー!」
「ピー!」
赤と黄色のゴラピーがわあいと鳴いてぴょんと跳んだ。
「えへー、かわいい」
マメーはえへへと笑った。
青いゴラピーは自分の頭から伸びている茎の先をじっと見上げた。
そこには双葉ではなく白い花が咲いていた。
「ピュー!」
青いゴラピーはわあいと鳴いてばんざいした。
「えっ、なに!?」
師匠と話していたブリギットは驚き振り返る。師匠は顔に手をやって、はぁ、とため息をついた。
「マメーとウニー、それとゴラピーたち。お外で遊んでおいで」
「はぁい!」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
「……えっと、はい、行ってきます」
師匠はマメーたちをとりあえず外に出し、ブリギットの見えないところに置いておくことにした。
小屋の前でウニーは尋ねる。
「えっと、なんでゴラピーの頭に花が咲いたか聞いてもいいもの?」
「んっとねー、まりょくがぎゅっとなるとぽんってさくの!」
「そっかー……」
マメーの説明は相変わらずさっぱり分からないが、少なくともマメーのせいであるということは分かった。
「花が咲くとどうなるの?」
「かわいい!」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
「そっかー……」
マメーは力強く断言し、ゴラピーたちは褒められたのが嬉しいのかぴょんと跳んだ。
「ねねね、ウニーちゃん!」
「なあに、マメーちゃん?」
「ウニーちゃんのまほーみせてまほー!」
きらきらとマメーは琥珀の瞳を期待に輝かせている。
「んー、いいよ」
ウニーは腰のベルトから30cm程の長さの短杖を抜いた。一般的な見習い向けの魔術師の杖である。マメーの杖は師匠が預かっていて、まだ杖を自分で持つことは許されていないから、その杖を羨望の眼差しで見つめていた。
「そーだなー……魔法……見たことないのがいいよねー」
「うん!」
「最近覚えたのだと……」
そう言いながら小道をとことこ歩く。マメーたちもてちてちついていく。魔術を使うなら広くて何もないところが良いためだ。
ウニーは前回来た時にもマメーにせがまれて魔術を見せている。それとは違うのにしようとしているあたり、ウニーも妹分であるマメーに優しいのだ。
「じゃー、まずは〈闇〉」
そう言いながら杖を振ると、マメーたちの前に直径2mほどの半球、真っ黒なドームが出現した。
「わあい、まっくろ!」
マメーは喜んでぴょんと跳ねた。
「ピキー!?」
「ピー……」
「ピュー?」
赤いゴラピーは興味深いのか警戒しているのか、一歩前に出る。黄色いのは怖いのかマメーに身を寄せ、青いのはゆるく首を傾げて黒いのを見ていた。
「へんなのー、あはは!」
マメーは黒い半球にためらいなく腕を突っ込んだ。突っ込んだ部分が全く見えなくなる。〈闇〉の魔術は光だけを完全にさえぎるという魔術であった。
マメーはひとしきり笑った後、振り返ってウニーに問うた。
「ねーねー、でもこれはまえも見たよ?」
〈闇〉は光を操る魔術の基本である。前も見せてもらっていた。
「まあまあ、こっから見てなさいよ」
ふふん、とちょっと得意げにウニーは杖を再度構えた。