第25話:あおいのはちょっとおっちょこちょいであるようなきもします。
「ピキー!」
「ピー!」
赤いのと黄色いのが卓の上、マメーの前でばんざいするように両手をあげてぴょんぴょん飛び跳ねた。
青いゴラピーが植木鉢から踏み出し、そちらに歩き出そうとし……。
「ピュ」
植木鉢の縁から落ちた。
「あぶないよー」
「ピュー」
青いゴラピーはマメーが差し出していた手の上に、ぽすんと転がる。
特に気にした風もなく立ち上がり、マメーの手に運ばれて卓の上に立った。赤と黄色のゴラピーは青いゴラピーの手を取って卓の真ん中へと移動し、ぴょんぴょん跳ねながらくるくる回り出す。
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュ、ピュー?」
三匹のご機嫌な様子を見て、マメーはにへっと笑い、ブリギットもあはっと笑った。マメーのこの謎の魔法に師匠は渋面をつくり、ウニーは目を白黒させている。
「マメーちゃんの魔法は面白いわねえ」
「うん!」
「……そ、そういう問題なんですかね?」
それにしても、とブリギットは言いながら三匹を覗き込む。
「ピキー?」
「ピー?」
「ピュー?」
三匹は動きを止めてブリギットを見上げた。
彼女は言う。
「このゴラピーはマンドラゴラなのよね?」
「そだよー、しんしゅのマンドラゴラ」
「ということは、薬効が気になるわよねえ?」
赤いゴラピーと黄色いゴラピーが動きを止めた。
「ピュー?」
青いゴラピーは首を傾げ、ゆらり、と頭上の葉っぱを揺らした。
「ちょーっと端っこ刻ませてもらえないかしら?」
「ピキー!?」
「ピー!?」
「ピュー!?」
三匹は卓上を逃げ出し、てちてち走り回った。
虹色インクの瓶の後ろに三匹で身を隠そうとするが、瓶と同じようなサイズで隠れきれず、マメーの方に走って行った。マメーは三匹を抱き上げ、ぷうと頬を膨らませる。
「もー、ブリギットししょー、めーよ!」
「師匠、さすがにそれはダメなのでは……」
マメーはぷりぷりと怒り、ウニーも自らの師匠を嗜めた。
「えー、でもー。気になるじゃない? グラニッピナおばあちゃんもそうよね?」
魔女なら当然の思考だ。しかし老婆は歯を見せて笑いながら言った。
「ひっひっひ。残念ながらあたしゃこいつらを刻まないし刻ませないと昨日誓ったのさね。それこそ、万象の魔女の二つ名にかけてね」
「ピキー!」
「ピー!」
赤と黄色のゴラピーたちはマメーの腕の中でうんうんと頷いた。
「へぇ……」
ブリギットの口から感嘆のような声が漏れる。
魔女の名が持つ意味は重い。極めて重い。それはその名自体が魔術の構成要素であり、魔女という存在の本質でもあるからだ。
物語には名前を知られたら死ぬ魔物や、願いを叶えねばならぬという話も多い。名を書いた紙を燃やす呪詛など、魔術や呪いとも関係が深い。
現在の魔女のしきたりでは、見習いとなる時に本名を捨てさせられ、魔女としての名を与えられる。だが正式な名を名乗れるのは達人の位階に昇ってからだ。
マメーやウニーという名は見習いに与えられる仮の名に過ぎない。わざと変な名前が与えられるのは習慣のようなものだ。
ちなみにブリギットの見習い時代の名前は醜いを意味するブルットであった。最近は東方言語から音を持ってくるのが魔女界の流行りである。
「ね、ね、ね。おばぁちゃ〜ん」
ブリギットが妙にしなを作って猫撫で声で師匠にすり寄る。
「何がおばあちゃんだい、このバカたれが」
にべもなかった。だがブリギットはその程度でめげたりはしないのである。
「おばあちゃんがー、そういうこと言うってことはー、絶対このゴラピーは刻むよりもっと価値があるって気づいたってことよねー?」
ふん、と師匠は鼻で笑う。
「さて、どうだかね」
じいっとブリギットの視線がマメーたちに向かう。
「ピキー……!」
「ピー……!」
「ピュー……!」
三匹はマメーの腕の中でぷるぷる震えた。
「ちゅりーちゅりーちゅるるるー」
マメーは目を逸らしてコマドリの鳴き真似を始める。
「……マメーちゃん誤魔化せてないよ。それは何か隠してるっていってるようなものだよ」
ウニーは嘆息した。覗き込んでいたブリギットは身を起こす。
「ま、いいわ。アタシたちしばらく滞在するし」
「あぁん?」
師匠が凄むがブリギットはどこ吹く風である。
「ほら、お薬できるまで待たないと」
「……大体あんたらなんで今日来たんだ。まだ薬できてないのなんざはじめっから分かってるだろうに」
「だってー、待ちきれないんですものー」
「……えっと、師匠。どこか悪いんです、か?」
ウニーが首を傾げて問うた。どうやら前回来た時に薬を頼んでいたらしいと気づいたが、ブリギットがグラニッピナのところに何の用があったのか教えてくれなかったし、一緒に暮らしていても体調が悪いようには全く見えなかったのである。
「お肌のおクスリよっ」
「ああ、美容の……」
ウニーはガクッと肩を落とした。
「そうよー、おばあちゃんの薬ってば最高なんだからね!」
「あのな、ブリギット。あんたアタシと大して歳変わらんだろうが。おばあちゃんはやめるさね」
達人ブリギット。20代後半から30歳程にしか見えないが、御歳86であった。








