第199話:いっしょにいこう!
「あとはおそと」
「そうさね」
一行はぞろぞろと聖堂の庭に出ていく。そして屋根と、神殿のシンボルである聖印が一面の緑に覆われているのを見上げるのだった。
「もさもさ」
ミントの葉っぱが風もないのにわさわさと揺れた。ウニーが問う。
「あれ、意思があるの?」
「うん、いまあいさつしてくれた」
ゴラピーたちがマメーの背中でピキピーピューと鳴きながら、屋根に向かって手を振っている。
「あれもゴラピーみたいな?」
「うーん……たぶんちょっとちがう」
マメーはこてんと首を倒す。
「まあ、ミントがピョーとか鳴き出さなくて良かったわよ……」
「ピュ?」
ウニーの言葉に青いゴラピーが首を傾げた。
実際のところ、ゴラピーが明確な意思を持ち、鳴き声を発したり移動できるようになっているのは素体となっているマンドラゴラが魔法植物なので、マメーの魔力を受け取れる量が最初から多いためである。ミントは一般的な植物であり、そこまでにはいたらなかったのだ。
「ふうむ……」
師匠は魔力を込めた瞳でミントを観察し、なんとなくそれを悟ったが確証のないことは口にしなかった。
イングレッシオが口を開く。
「マメーさん、ここは神殿の聖堂ですから」
「うん」
「ミントを生やしたままにはできないのです」
まあそれはそうだろうなあ、とマメーも思うので頷いて、屋根に向かって声をかける。
「ミントさんミントさん。そこにいると、きられちゃうかも」
ひぇー、と怯えるようにわさわさ葉っぱがざわめいた。
「だからー……」
マメーはそう言いながら両手をあげてぴょん、ぴょんと飛び跳ねるような仕草を見せる。
「何してんだい?」
「おこえ、とどかない」
声は届いてる。何をしようとしているのかはわからないが、届いてないのは魔力であろう。
「なんか魔術使いたいのかね? 箒で近づくかい?」
師匠の言葉にマメーが答える前に、イングレッシオが彼女の前にかがみこむ。
「マメーさん、これを」
取り出されたのは真っ直ぐで、先端には無色の輝く宝石がはめられた、純白の優美な長杖であった。
「しろいつえ! ……いいの?」
イングレッシオは頷いた。もちろんこれを持ち出すのは神殿という組織にとって良くはないのだが。
「マメーさん。あなたは魔女です」
「あい、まじょみならいです!」
「はい。その上で、神殿という組織に所属はしないで構いません。ですが、この杖が扱えるなら聖女でもあっていただきたい」
「んー?」
マメーはこてんと首を倒した。
「せーじょなんていわれましても……。まじょだけどせーじょ? なにするの?」
「何も。ただ、優しく、人々を助ける存在であってくれれば」
「マメー、ししょーみたいにすごくて、やさしくていいまじょになるよ!」
それはマメーがずっとそう思っていることでもある。マメーは力強くそう宣言し、ええ、とイングレッシオは頷いた。師匠が口を挟む。
「在野の聖女として登録しておけってことかね?」
「はい、愚僧の名でそうしておくことにより、ハンケのような者を出さずにすみます。その上で、愚僧がマメーさんに何かを強制することはないと約束しましょう。王都に戻ったら書面に残して〈誓約〉しても構いません」
権力のためにマメーを手に入れようとするような人間の牽制になるということだ。代わりにイングレッシオが何かを要求してくるようだと面倒だが、それをしないというのならマメーにとって都合の良い話ではある。
「マメーへの詫びってのはあるにせよ、あんたには旨みがなさそうだがね?」
「ありますとも。マメーさんが何かをなされた時、その手に白の杖があるのなら、それは神殿の誉れとなりますから」
師匠は肩をすくめる。随分とマメーを高くかったものである。
「マメー、どうする……よさそうだね」
マメーは白の杖を掲げてぴょんぴょんと小躍りしていた。
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
ゴラピーたちも杖の魔力が嬉しいのか、彼女の肩の上で嬉しそうに鳴き声をあげている。師匠はふん、と鼻を鳴らした。
「いいってさ。マメー! なんかしたいならやってみな!」
「はーい!」
マメーはぴたりと奇妙な踊りを終えると、屋根に向きなおり、師匠がするように杖の先端で地面をとんと突いた。
「あら」
「おお……」
ブリギットとランセイルが感嘆の声をあげる。マメーの魔力がその一動作で研ぎ澄まされたのが分かったからだ。
マメーは考える。ミントさんを連れて帰りたいなと。マメーの願いに応えて、マメーの魔力で育ち、ルイスを呼んでくれたのだ。これはマメーにとって友達であり恩人でもあるのだ。
マメーはミントを成長させて種をつくるか、株分けをさせるような魔術を使うつもりだった。だが、この杖があるなら、きっともっといろんなことができる! マメーはそう確信した。
マメーは杖の宝玉を天に突きつける。
「ミントさん! ミントさん!」
白い杖から魔力が迸る。ミントの葉っぱが嵐に煽られるようにざわざわと揺れた。
ゴラピーたちが興奮してピキピーピューと鳴きながらばんざいをした。
「……〈いっしょにいこう〉!」
それがマメーの放った力ある言葉であり、生み出された新たな魔術であった。
マメーの持つ杖の宝玉から一条の光が伸びてミントに届く。ミントがずるりと動いた。光に引き寄せられるように、屋根から壁へ、地上へとミントが降りてくる。
進路上にいたルイスとランセイルがさっと道をあけた。
2mほどの大きさの草の塊のようだ。それが動くと青臭くて爽やかな香りが漂う。
ルイスは騎士団の演習で巨大なスライム、粘体状の塊の魔物を討伐したことを思いだして思わず腰の剣に手を伸ばす。
だが、マメーは笑顔だ。危険はないのだろうか。
「わはー」
マメーは楽しげな声をあげてミントの塊に飛び込む。
「ピキー!」
「ピー!?」
赤いのは歓声を、黄色いのは悲鳴をあげた。
「マメーちゃん!?」
わさわさした塊に覆われたマメーに、思わずウニーが悲鳴をあげる。だがマメーは楽しそうな声で答えた。
「だいじょーぶ! ミントさん、それじゃーまえがみえないよ」
あらあら失礼とでもいうようにミントはわさわさうごめきながら小さくしぼんでいく。切られているのでも枯れているのではない。存在が一箇所に圧縮されているのだ。
ぐんぐんとその体積を減らしていったミントは、マメーの抱きかかえられるくらいの大きさにまで小さくなって、腕輪か、あるいは鎧の籠手であるかのようにマメーの左腕に巻き付いた。
「そこがいいの?」
腕輪には緑の葉っぱが生えていて、それが肯定するようにもさもさ揺れた。
「えへへ」
師匠はぷるぷる震え出したかと思うと叫んだ。
「なんじゃそりゃあ!」
「ミントさん」
マメーが答えた。誰もそんなことが聞きたいのではない。
はぁ、とブリギットとウニーが揃ってため息をつく。
イングレッシオは唖然として口を開けたが言葉が出ない。
ランセイルは感涙に咽び泣き、ルイスに引かれていた。
よじよじとゴラピーたちがマメーの背中から降りてきてぺちぺちとミントの葉っぱを撫でる。
「ピキ」
「ピッ」
「ピュー」
ゴラピーたちの挨拶に対して葉っぱはもさもさ揺れてそれに答えていた。
マメーはぺこりとイングレッシオに頭を下げる。
「イングレッシオすーききょー、つえありがとね! すごくよかった!」
「……え、ええ」
マメーはとことこ師匠の前まで行くと、はいっ、と杖を差し出す。
「ししょーあずかっててー!」
「……はいよ」
普段使いするようなものでもないとマメーだって分かっているのだ。師匠の〈虚空庫〉に入れておいて貰えばどこよりも安全である。
「これでおわり?」
マメーは尋ねる。
「芋だけ買う約束して城に戻ろうかね」
イングレッシオが頷き、手配しておきましょうと言った。
マメーはぽすんと師匠に抱きついて、えへへと笑う。
「なんだい、ご機嫌だね。あたしゃあんたの魔術のことで頭が痛いってのに」
「あたらしいおともだちできたからね!」
マメーの腕の中、緑の葉っぱが一枚、師匠に向けて、ぴん、と立った。
「……はいよ、よろしくね」
「それとねー、もどったらししょーがすごいパンケーキつくってくれるんだよ!」
そういや約束してたねえ、と師匠は思い出した。
「はいはい、パンケーキな」
「ちがうよ! すごいパンケーキだよ!」
「わかったわかった」
師匠はマメーを引き剥がすと、箒を取り出してくるりと回す。
「じゃあとっとと帰ろうか」
「わーい、パンケーキ!」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
少女と三匹の陽気な声が空に響いたのであった。
マメーとちっこいの 〜 魔女見習いの少女は鉢植えを手にとことこ歩く
第二部:聖女なんていわれましても 完
……The End ?
ξ˚⊿˚)ξこれにて『マメーとちっこいの』完結です!
実質的には第二章完であり、もちろんマメーの物語としてはこの先も続くでしょうが、一つの話の区切りとしてここで完結をつけさせていただきます。
完結記念にブックマークと評価をよろしくお願いします!
お願いします!
さて、この物語はTOブックスさんより書籍化が決まっております。
ぶっちゃけ、私がこの続きを書くかどうかは小説の売り上げ次第で、続刊されるかにかかっております。
2/20発売です。あと一月半ですね!
また、発売日頃にはショートストーリーをUPする予定ですので、ブックマークは外さずにどうぞ。
その他、詳細はただのぎょーの活動報告の方に記しておきますので、興味ある方はご覧ください。
ではまた2月にここで、あるいはどこか別の作品でお会いしましょう。
ξ˚⊿˚)ξノ ではまたー。








