第198話:ねずみさんにおれーをいいます。
ξ˚⊿˚)ξなんで昨日までの私は今日完結だと思ってたのか……。明日完結です。
師匠はガシガシと頭を掻く。
「あー、マメーよ」
「あい」
「そいつは決して寿ぐようなもんじゃあない」
ブリギットやイングレッシオは頷き、マメーもまたこくりと頷いた。
「ん」
別にマメーだってわかってはいる。魔族は魔女の敵である。厳密には人類全ての敵であるのだが、力あるものしか対峙できない存在であるため、英雄と呼ばれるような戦士や階梯の高い魔女たちにのみ戦うことが求められるのだ。
ドロテアがそれに与することは寿ぐべきではあり得ない。
「それでも、たびだちはおいわいされていたほうがうれしいだろうから」
「……そうかい」
師匠はマメーの頭に手を置いた。
これが彼女の優しさであり、危うさでもあろう。あるいは捨てられるというのが彼女の人生の旅立ちであったゆえの願いであろうか。こう言われてしまえば文句もつけづらい。
師匠は逆の手の杖をくるりと回すと、杖の先端でくるりとルイスの脇腹を打った。
魔術かあるいは杖術の技か。衝撃は鎧越しにも伝わって、ルイスの口からぐふっと息が漏れる。
「全く……あんたのせいだよ」
少なくとも『寿ぐ』という概念をしっかりとマメーに伝えたのはこれまでのルイスの言動であろう。だがそれは八つ当たりというものである。
師匠はぐりぐりと杖をルイスの脇腹に押し込んで言った。
「ったく、誓いなんぞにすぐ絆されよってからに……」
騎士とは誓いと共にある生き様である故に。
マメーが師匠より先にルイスに話しかけたのはこれを直観的に理解していたのだろう。つまり、いま師匠に話しかけたのだとすれば文句がきたのは間違いがない。誰が幼い弟子に闘いの誓いを好んで立てさせようか。ルイスに話しかけたからこそこれは成立したのだ。
「申し訳ない」
師匠が離れると、ブリギットがルイスを叩く。
「そうよ、色男。あんたが悪いわ」
ウニーはうんうんと頷き、ランセイルもルイスを叩く。
「そうだぞ、ルイス。お前が悪い」
「ブリギット師の魔術や今の現象に目を輝かせていたお前に言われたくはないぞ!」
ウニーがそっとマメーのそばにやってきて声をかける。
「約束、覚えてる?」
「うん。ウニーちゃんもっとまほーのべんきょーがんばるって」
マメーが溺れかけたあとにした約束である。ウニーは頷き、マメーの手を取った。
「わたし、魔法頑張ってマメーちゃんのこと護れるようがんばるからね」
「えへへ、ありがと」
ウニーにとって、マメーが自分よりはるかに上に至る魔女であるということは火を見るより明らかな事実である。四つ星と五つ星。数字の差は一つであるが、そこには絶対的な隔絶があるのだ。
グラニッピナ師のように全属性才能という広さをもっていればともかく、一属性を極める深さに関して彼女に勝る存在など誰もいないのである。
だが、だがそれでも。
「マメーちゃんを護る。それがわたしの誓い」
「うん」
その誓いは小さな声でなされ、気づいていたのは弟子を見ていたブリギットだけである。
それとあと三匹。
「ピー」
黄色いのがよじよじとマメーのローブをのぼってマメーの顔にひっついて鳴いた。
「ピキ」
「ピュ」
他の二匹もマメーにひっつき、そしてウニーに声をかけるようにないた。
「なんて?」
「ぼくたちもまもるよって。ウニーちゃんもよろしくねって」
「そうね。マメー危なっかしいからわたしたちがしっかりしないとね」
「ええっ!?」
マメーは驚き、ゴラピーたちはうんうんと頷いたのだった。
「ほれ、出るよ」
師匠の声がかかる。
「はあい」
マメーとウニーはとてとてとその後を追ったのであった。部屋から出ながら師匠は言う。
「ここでやることは全部終えとかないとね」
「ん。ぜんぶって?」
「あんたが言ったんだろう。ねずみとミントと芋だよ。まあ、芋はさっき上から見た時に確認したが、ありゃ別に問題ない。普通に出来のいい芋だ」
食用にしても種芋にしても問題はあるまいと判断できた。もちろん、後で金を出して買っていく気ではあるが。
「うん、じゃあねずみさん」
「どこにいるんだい」
「こっち」
マメーは自分が捕えられていた部屋に案内する。
「ふうん、いい部屋にいたんだね」
攫ってはいたが懐柔する気はあったのである。部屋も食事もちゃんとしたものが与えられてはいたのだ。
彼らが寝室に入ると、黄色いのと青いのがよじよじとマメーの身体から降りてベッドの下に潜り込んでいく。
「あいつら何してんだい」
「ねずみさんよびにいったとおもう」
はたして一分もかからぬうちに、黄色と青のゴラピーは戻ってきた。
「ピー」
「ピュー」
「ちゅー」
一匹の茶色いねずみを連れて。
大勢の人間がいるのを見て逃げ出そうとしたが、師匠の魔力が僅かに放出されてねずみに届くと、ねずみはおとなしくその場に座った。
師匠は動物や虫などを操る魔術も使えるのだ。そして使い魔もたくさん有している。ねずみに友好的で危害を加えないという意思を伝える程度、造作もなかった。
「こいつかい?」
ピーピューとゴラピーたちが肯定する。
「うん、ねずみさん。ありがとねー」
「ふん、うちのが世話になったみたいだねえ」
師匠はポケットからビスケットを取り出すと、砕いて床に落とした。
お婆ちゃんはいつだって菓子を取り出せるのである。ねずみはちちち、と近づくとビスケットの欠片を頬張り出す。
師匠はちら、と一同を見渡した。
ねずみや虫があまり得意ではないウニーと、イングレッシオが顔を引き攣らせた。彼にとっては当然、自分たちの組織の聖堂に鼠が住んでいると言うのは良い気はすまい。
それを見て師匠はにやりと笑みを浮かべた。
「よし、ねずみよ。あんたに〈祝福〉をやろうじゃないか。普通だったら大金を積まれてもやらないんだよ。光栄に思いな」
「ちゅー」
ねずみは特に何もわかっていないが、師匠を見上げる。腰を曲げた師匠の指がねずみの上にかざされた。
「あんたとその一族に安全な寝床と飢えぬ食事、そして繁栄があらんことを。……〈祝福〉」
きらきらと師匠の指から光が溢れ、ねずみの頭に降りかかった。
「よし。ビスケットの残りは持っていきな。じゃあね。捕まるんじゃないよ」
「ちゅー」
「ねずみさん、ありがと。じゃーねー」
マメーの声とゴラピーらのピキピーピューという鳴き声に頷くような仕草を見せると、ねずみは自分の身体ほどに大きいビスケットを咥えてベッドの下に消えていったのだった。








