第197話:マメーはちかいます!
明けましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いしますが、それはそれとして次話で完結です!
ミウリー司祭は〈転移〉により脱出し、そちらに進軍していた神殿騎士らのもとに出頭した。そして彼の口より語られたハンケ司教の死と魔族が出現したという知らせは、直ちにイングレッシオ枢機卿の元へと届けられ、ドーネット9世陛下や師匠らにも伝えられたのである。
「魔族までいたってのかい……」
師匠は天を仰いだ。魔族は彼ら独自のルールと価値観で動く。そしてそれは人間には理解し難いのだ。マメーが襲われる可能性も充分にあった。
ブリギットがイングレッシオを睨む。
「申し開きのしようもありませぬ」
ハンケ司教が憑かれていたということは、王都の聖堂にいたときから魔族に憑かれていたということであり、イングレッシオ自身がそれに気付いていなかったということでもある。
「ナンディアという修道女は存在しませんでした。〈幻惑〉や〈詐称〉などの術を用いて潜入していたのでしょう」
ふん、と師匠は鼻を鳴らす。マメーは師匠の袖を引いた。
「ねーち……ドロテアちゃんは?」
「どうなんだい?」
「……ミウリーの報告にはありませんでした」
つまり、その場に置いて逃げたということである。ブリギットは流石に文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけたが、姉弟子が手をひらひらと振っているので口を閉じた。
「責任問題や原因の追及は後さね。急いで向かうよ」
「マメーは?」
「ついといで」
「ん」
ブリギットとイングレッシオは顔に驚きを浮かべる。
「危険じゃない?」
「もういやしないよ」
正体の知れた魔族がその場に留まっているようなことはあり得ないのだ。置き土産に罠でも仕掛けている可能性がないとは言えないが、騎士たちや高位の魔女二人と神殿の枢機卿まで揃っていてやられるはずもないのだ。
「だが細心の注意を払い、無事に戻ってくるのであるぞ」
「ありがとさんよ」
陛下の声を受けながら、マメーたちは箒や〈転移〉を駆使して件の聖堂へと向かったのだった。さすがにルナ王女は連れていくわけにもいかず、留守番なんてと膨れてはいたが。
目的地に近づいた時、空の上で師匠が言った。
「ふふん、あれが『ミントさん』かい?」
「うん!」
「すごっ……」
マメーが肯定し、ウニーが感嘆する。聖堂の屋根を一面、もさもさとミントの葉っぱが覆っているのだ。
「あれでマメーがそこにいるとわかったんですよ」
「たいしたものさね」
ルイスの言葉に師匠が褒め、マメーはえへへと笑みを浮かべた。
「どれ……〈邪悪探知〉、〈罠感知〉……そのナンディアっていう魔族はいないように思うがね」
「では降りましょうか」
マメーたちは聖堂の庭に降りて、その一室に向かった。ハンケ司教が殺された部屋である。
部屋の片隅には布がかけられている。死体は片付けられて血痕が隠されているのであり、部屋にはまだ血の臭いが残っていた。
「ここでミウリーがドロテアを使ってマメーを呼び寄せようとして断念。ナンディアが魔族と名乗ってハンケを殺した。だったね?」
「はい」
イングレッシオが頷く。
だがナンディアもドロテアもその姿はない。聖堂を神殿騎士達があらためているが、発見したという報告はなかった。マメーの茶色のローブは発見されたが。
「ありがと」
そう言って、騎士からローブを受け取ると、ぎゅっと抱きしめた。師匠からもらった大事な大事なマメーのためのローブなのだ。
「ドロテアちゃんはいない」
「そうさね。マメー」
「あい」
「あたしは〈過去視〉の魔術を使う。ここでなにがあったのか、それとナンディアという魔族の顔を見るために」
びくり、とウニーとランセイルの肩が動いた。非常に珍しい魔術の名であったからだ。
〈過去視〉とは過去のこの場所の映像を見るための魔術である。時間が経つほど映像は不明瞭となり、術の発動に必要な魔力が多くなる。師匠がここにくるのを急いだのはそのためであった。
「あんたも見るかい? 残酷なものを見ることになるが」
師匠はその魔術的な視覚を共有するかと問うた。これもまた極めて高度な技術である。
しかし、ここでハンケ司教が殺されたのだから、殺人現場を見ろという意味にもなるのだ。
「みる」
だがそれはドロテアの、もしかしたら最後の姿を見るということでもあった。だからマメーは即答した。ランセイルが何か言いかけ、ルイスに黙っていろと肘で腹を打たれた。
師匠は取り出した杖で床を叩き、片手の指でマメーの額に触れる。
「地よ、大気よ、ここに宿る魔素よ。汝が記憶を我とこの者に示せ。〈過去視〉」
師匠の言葉と共に二人の脳裏に、その時何が起きていたかの映像が浮かぶ。ウニーたちからは、二人がただ立っているようにしか見えないのだが。
少ししてマメーがびくりと肩を震わせた。死の瞬間を目の当たりにしたのだろうか。そしてマメーの瞳から涙が溢れ落ちたところで、師匠の指がマメーから離れた。
「マメーちゃん、だいじょうぶ!?」
「ピキー……?」
「ピー……?」
「ピュー……?」
ウニーが駆け寄り、マメーを心配して声をかけた。マメーのローブの背中からゴラピーたちも顔を出し、心配げに鳴く。
「だいじょぶ」
マメーは袖でくしくしと顔を拭って言った。
「ドロテアちゃんはつれていかれたんじゃなかった」
うん、とマメーは力強く頷く。
「じぶんのいしで、まぞくだっていったナンディアさんについていった。……まぞくのでしになるって」
「……それは」
誰ともなく呟き、唸る。
まだ幼い子供に使う言葉ではないかもしれないが、人類の敵対者たる魔族に自ら師事することを選ぶということは、人類に対する裏切り、罪であるとすら言える。
マメーはルイスを見上げた。
「……マメー、どうしました?」
じっと翠の瞳がルイスを、騎士の姿を見つめる。マメーは彼の言葉を思い出して告げる。
「マメーは、ドロテアちゃんがしをえたことを、『ことほぐ』」
ルイスはマメーの前に跪いた。
「それは悪しき師です」
「それでも。ドロテアちゃんがみずからのみちをさだめたから」
「ドロテアさんが悪の道を歩むとしても?」
「すすむとしても。……ししょー」
「何さね?」
マメーは騎士と自らの師を。そして友たるウニーや居並ぶ面々を見渡して言った。
「マメーは〈ちかう〉。ドロテアちゃんがやってきてわるいことするなら、マメーがとめる」
この場にはマメー以外に魔女が三人と魔術師と騎士と聖職者がいる。誓いを立てるには充分過ぎる見届け人がいた。
マメーは師匠のように〈誓約〉の魔術が使えるわけではない。だが、彼女の〈ちかい〉はそれ以上の響きをもって、ここにいる者の魂に刻まれたのだ。後にルイスはこれを『運命が定まったかのようでした』と王に報告することとなる。
ルイスは胸に手を当てて頭を下げ、再び顔を上げるとマメーの手を取った。そして無理矢理にでも笑みを作る。
「魔女マメーの誓い、しかと聞き届けました」
「うん」
「であれば、私もまた少女ドロテアの旅立ちを寿ぎましょう。彼女のゆく道に幸在らんことを」
「ありがと!」
マメーはぴょんと飛び跳ねて喜んだ。








