第195話:がぜぼーでおはなしです。
「ししょー! お仕事終わったの?」
マメーは席から立ち上がると、手をぶんぶんと振った。
「んー、まだまださね。一旦抜け出してきたのさ。いやまあ、ここにきたのも仕事なんだがね」
そう言いながら四阿の使われていなかった椅子を勝手に引っ張り出し、よっこらしょと腰掛ける。
「食い物はいいから茶だけもらえるかい?」
「かしこまりました」
クーヤは頭を下げ、紅茶の用意を始める。
「おしごとなーに? うしろのおじさんもかんけーある?」
師匠の背後には一人の文官らしき男が立っていた。彼はルナ王女とマメーたちに軽く頭を下げる。
「ああ。マメー、あんたが捕まってた間のちゃんとした聞き取りがまだなのさ」
王都の聖堂から王城に来るまでの間に少しは話を聞いたが、昨晩はマメーがサポロニアンの城につくなり、すぐに寝てしまったので当然まだ不十分なのだ。特に、証言として記録を残せている訳ではない。そのために師匠は書記官を一人伴っているのだった。
「ここでおはなしするの?」
「ああ、こっちのが気が楽だろう?」
部屋の中で大人たちに囲まれて聞き取りをされるよりは、こうして外で友だちのいるところで話す方が気が楽であろうという判断である。もちろん、マメーの状態などからあまり酷い目にはあっていないだろうということもあるが。
「ん! ここがいい。えっとねー……」
マメーが話し始める。言い忘れているところがあればゴラピーたちがピキピーピューと補足し、師匠はその言葉足らずなところがあればたまに質問をはさんでいく。
別の卓についた書記官がそれを書きつけるためにペンが紙の上を走る音が響いていった。
一通り聞き終えて、ふむ、と師匠は紅茶を口にして纏めた。
「向こうでマメーが話したのは、ハンケ司教とミウリー司祭、それとナンディアという修道女。あとは孤児院の子らってことで合ってるかね?」
孤児院の子供たちはイレギュラーな事態であるとして、接した人数が少ないのは、さらわれてるという状況を露見しづらくするためであろう。
「うん! ……あとねーち……ドロテアちゃん」
「もう、『ねーちゃ』とは言わんのかい」
「もうねーちゃじゃなくなった」
マメーは魔術を大事にしているから、捕まっていた時はドロテアのことを姉と呼んだ。魔術が二人を姉妹であるというのだから。だが、師匠の働きにより今やそうではない。
「寂しいかい?」
「……ちょっと?」
その言葉を意外に思い、ルナ王女が尋ねる。
「その、お姉様というのはマメーちゃんを虐げてきていたのでは?」
「うん。だからきらいだよー」
マメーは肯定に頷く。だが言葉を続けるのだった。
「でも、ドロテアちゃんがいなかったら、マメーはししょーにあうまえにしんでたとおもう」
ウニーとルナ王女は息を呑む。
「あのいえでマメーにはなしかけてくれたのも、ほとんどドロテアちゃんだけだったからね」
マメーのことを嫌い、いじめながらも、その世話をしていたのは両親以上にドロテアだったのである。
四阿の雰囲気がしんみりとするが、それを変えようとルナ王女は明るい声を出した。
「でも良かったですわ。ゴラピーちゃんたちのおかげでマメーちゃんは酷い目に遭わずにすんだのですね」
「うん!」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
マメーが力強く頷けば、ゴラピーたちは卓上で自慢げに胸をはった。
「ねー、ゴラピー役に立ってるよね」
ウニーがそう言って黄色いゴラピーをちょんとつつけば、それはころんと後ろに転がった。
「ピー!」
「ごめんて」
黄色いのが立ち上がって抗議の声をあげ、ウニーはそれに謝罪するのだった。
「ミウリーたちとかドロテアちゃんとかどーしてるのかな?」
「イングレッシオってのが主導で、もう神殿騎士団を派遣してるって言ってたからね。じきに捕まるんじゃないのかね」
騎士団に限らずだが、兵力を動かすのは本来なら準備などとても時間のかかるものだ。それをこうして即座に動かしているのは枢機卿としての本気を感じさせた。
「でもグラニッピナ師、そのミウリー司祭が〈転移〉の魔術が使えるというなら、それで逃げてしまうんじゃ?」
ウニーが尋ねる。師匠はゆっくりと首を横に振った。
「神殿の上層部にゃ、転移先を探知する術もあるし、術者の魔術を封じる術すらある。もちろんそれは秘中の秘ってやつで、おいそれと使えるようなもんじゃないけどね。……書記官、これは記録するんじゃないよ!」
〈転移〉は極めて有用であると同時に、悪用しようと思えば極めて危険な術でもある。それ故に、組織は転移術の使い手を厳格に管理しようとするのである。
ミウリーの術が現在封じられているかまでは分からないが、何らかの方策はあるはずだと師匠は言った。
「もちろん、あたしや、ブリギットが出ていけば捕まえるのも早いだろうけどね。あまりしゃしゃり出すぎるのも良かないからね」
神殿が自分のところの司祭らを捕らえるというのは神殿の贖罪でもある。ここで師匠らが出て行けば、それを損なうことになるのだ。
「ふーん、じゃあまってるの」
「そうさ、ゆっくり待ってりゃいいのさ」
だが、その日のうちに事態は急転した。
ミウリー司祭が王都神殿のイングレッシオの元に出頭したのである。ハンケ司教の死という知らせと共に。
ξ˚⊿˚)ξ2章のエンディングが近づいてきましたわ!
多分年始頃に完結するんじゃないかなーと。








