第192話:ししょーにおねだりします!
「おっはよールナちゃん!」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
「おはようさん」
マメーと師匠がルナ王女に呼び出され、もちろんゴラピーたちも一緒に連れてルナ王女の部屋へと向かえば、待ち構えるようにルナ王女は椅子に座っていた。
「おはようございます、魔女のおばあさま、マメーちゃん、それとゴラピーちゃんたち」
きりっと顔を引き締めさせていたが、その表情はすぐに笑みに崩れた。
床の上で、てちてち歩いてきたゴラピーたちがぶんぶん手を振っているのを目にしたからである。
思わずかがんで手を振り返そうとしたルナ王女の動きを咳払いが止めた。
「殿下」
「はいっ」
礼法の教師であるハンナであった。
「ハンナとクーヤもひさしぶりー」
ルナ王女に角が生えていた時に彼女の侍女を勤めていた二人である。マメーもこの二人は良く覚えていた。
「ええ、お久しぶりです。ご無事で何よりでした」
「ほんと、良かったですねぇ」
「ん、ありがと。それでルナちゃんなーに?」
ルナ王女は咳払いを一つ。
「昨晩はマメーちゃんがお疲れで眠ってしまったため、残念ながら食事を共にできなかったのですが」
「うん、ごめんねー」
「いえ、それは構わないのですが、体調は戻られましたか?」
「ばっちりだよ!」
マメーは元気であることを示すように、両手でばんざいした。
ルナ王女は笑みを浮かべる。
「それで夜中に目を覚まされて、おばあさまにお食事を作って貰ったとか?」
「うん!」
ばんばん、とルナ王女は椅子の肘置きを叩く。
「っ……! なんでわたくしを呼んでくれないのですか!」
「えへへ、ひみつのおやしょくだったから」
「無茶言いなさんな。王女様を夜中に起こして飯食わせるやつがいるはずがなかろうに」
マメーはにこにこ笑って言い、師匠は呆れた声を出す。
あれ、とマメーは首を傾げた。
「……なんでルナちゃんしってるの? ひみつのおやしょくだったのに」
「今朝、料理人がわたくしのところにやってきたのです。我々よりも客人の料理の方が美味いのだと自信を喪失して」
あー、と師匠は呟き、頭を掻いた。
「……ああ、片付けを忘れてたね」
実は食べ終えてすぐにマメーの頭がまたこっくりこっくりしだしたので、師匠はマメーを部屋へと急いで連れて帰ったのである。
そのせいで鍋と食器を出しっぱなしにしていたかもしれない。と気づいた。
マメーは、どやあと胸を張った。
「ししょーのりょーり、さいきょーだからね!」
ゴラピーたちもピキピーピューと鳴いてそうだそうだと肯定する。食事なんてしないというのに。
ルナ王女の視線がじっとりと師匠を見つめている。確かに、マメーにしろウニーにしろ、城での料理をおいしいおいしいと言うし、飾り付けの美しさなどには感心しているが、確かに味そのものに感動しているという様子ではないとルナ王女は思っていたのだ。
師匠は、はぁとため息をついた。
「確かにあたしゃ長生きしてるし、ずっと料理だってしちゃいるさ。だから料理が下手じゃあないが、特に腕前や手際が優れてるってわけでもないのさ。それは本当のことさね。城の料理人らが自信を失うようなもんじゃあない」
「ですが……」
「ただし、素材の良さと多様性は別だ。ここだけの話、あたしゃどんな城よりも上等な食材を抱えてるよ」
これにはいくつもの理由がある。自身やマメーの作る薬草にも使える食物の品質が高いこと。ブリギットら他の魔女たちとの取引で、国外の食材も手に入れられること。〈虚空庫〉や〈保存〉の魔術で、食材を新鮮なまま保管できることなどだ。
ルナ王女が身を乗り出した。
「あの、それを卸していただくことって……」
師匠は目をつむって首をゆっくり横に振る。
「卸すなんて量は到底無理さ。婆と子供一人の分だから用意できるのさね」
ルナ王女はがくりと肩を落とした。
「ねーねー、ししょー」
マメーが師匠のローブの袖を引く。
「何さね」
「マメーね、がんばったとおもうの」
「ふむ? そりゃまあ、あんたは良くやったと思うよ」
「だよね! それでね、ルナちゃんも、ウニーちゃんもがんばったよね?」
「まぁ……何が言いたいのさね」
マメーはゆらゆらと左右に揺れるような仕草で師匠を見上げながら、おねだりする。
「だからー、ししょーのおいしーのたべさせてあげるのはどーかなーって」
ルナ王女がぐっと拳を握った。ハンナが王女の身体を後ろに引っ張って起こす。
「おいしーのねぇ」
「つかまってるあいだ、マメーね。ししょーのすごいパンケーキたべたいなぁっておもってたのよ」
そう、マメーは言っていた。お城で食べたお菓子よりも師匠の凄いパンケーキの方が美味しいと。
「あんたはそればっかりだねぇ」
師匠は呆れたように言うが、その目は優しく細められていた。
「……まあ振る舞うくらいなら構わないが」
「ステキですわ!」
ルナ王女が立ち上がった。そして拍手を始め、ハンナに嗜められる。クーヤは横で笑っていた。
師匠は肩をすくめる。
「まだミウリーらが捕まったって訳でもないし、全部終わったらだね。あたしゃこれから王様と話したり協会に手紙書いたりやることはあるんだ」
「あい、ししょーおしごとがんばって!」
「はい、お待ちしてますわ!」
師匠はひらひらと手を振ると、部屋を後にするのだった。








