第190話:ふあーぁ。
マメーたちが王城に着く頃にはもう夜にならんとしていた。マメーたちは国王の私室に通される。
「よくぞ参られた、魔女グラニッピナ殿、ブリギット殿。そして弟子のマメーにウニーよ」
「へーか、こんばんは」
マメーの言葉に王はうむ、と頷いた。
王都の神殿で火の手が上がったのは王都の住人や王侯貴族にとっても大きな事件である。とはいえ、その真相、神殿が魔女の弟子の少女を攫い、魔女の師がそれを奪還するために襲撃したなどという話を公にするわけにはいかないのだ。秘密裏に処理する必要があった。
「マメーよ」
「あい」
「怪我などはしていないかね」
「だいじょーぶ。あ!」
マメーはぴょんと姿勢を正してから、神殿の礼儀作法で習ったように、きれいなお辞儀をした。
王は顎髭を撫でて言う。
「面を上げるがよい。どうしたかね」
「へいかありがとー。ルイスをそーさくにだしてくれたおかげでぶじだった。ルイスもあらためてありがとー」
ピキピーピューと赤黄青のゴラピーたちも礼を言うかのように鳴き声をあげた。
ルイスは胸に手を当てて言う。
「どういたしまして、マメー、ゴラピー」
王は笑みを浮かべて言う。
「無事であったか」
「うん」
「それは何よりであった。今日のところはまずはゆっくり身を休めるがいい」
「あい。……ふあーぁ」
マメーは大きなあくびを一つ。寝るには早いが、緊張が解けたゆえの疲労か、眠気が一気に出た様子である。
王の前であくびとは大変な非礼であるが、それを咎めるものはいない。だがウニーは慌ててマメーをつついた。
「ちょっと、マメーちゃん、ここで寝ないでよ」
「んー? ウニーちゃ……」
「ちょっと!」
マメーの意識が寝る直前だと気づいたからである。
「ひひひ、夕飯はいいからもう寝かせちまいな。ウニー、連れて行っておくれ。ほれ、〈騒霊〉」
マメーの身体が魔術に持ち上げられてふわりと浮かび上がる。
「はい、グラニッピナ師匠。では失礼します」
「うーん、ウニーちゃうへへ」
ウニーは一礼すると、何やら寝言を言っているマメーの手を取って引っ張りながら、部屋を退出したのだった。
翌朝のことである。マメーはパチリと目を覚ました。
「あさ! ……あさ?」
マメーの意識ははっきりしているが、部屋はまだ暗い。マメーはかかっているふとんをパタパタと叩く。
「ん、んー……?」
ベッドやふとんの感触が違う。森のお家でもなければ、昨日までの神殿でもない。マメーは気づいた。
「あ、おしろだ! あれ? きのーねたっけ?」
マメーには昨日の夜の記憶がない。王様と会ったところで寝落ちしたためである。
「〈光〉」
声と共に、魔術による熱を持たない青白い光が部屋を僅かに照らす。闇に溶けるような黒のローブと、そこから浮かび上がるような白髪の老婆の顔が浮かび上がった。
「目を覚ましたかね」
「ししょー!」
マメーはぴょんとベッドの上で身を起こした。
「おはよーししょー!」
「早くはないさね、まだ夜中だ」
「なんじ?」
「まだ三時前さね」
昨晩、随分早く寝てしまったために、まだ夜中と言って良い時間に目を覚ましたのだ。
「ししょーはもうおきたの?」
「まだ寝てないのさ」
「えーっと、はなしあい?」
王様の部屋に行ったのはなんとなく覚えている。だから王様と師匠たちが会議を遅くまでしていたのかと思ったのである。実際、子供たちを退出させた後、情報の共有と会議をしていたのは間違いない。
「ん、ああ。それなら日が変わる前には終わってたさね」
だとするとそれから三時間は経っている計算になる。マメーはこてんと首を横に倒した。
「じゃー、ししょーなにしてたの?」
「魔力の回復さ。今回は結構たくさん使っちまったからね」
ふーん、とマメーは言いながら、なんとなく違和感を覚える。なんでここで真っ暗な中やってたのだろうと思わないでもない。実際のところ、師匠のいう半分はその通りで、もう半分はマメーの様子を見ていたからでもあるのだ。マメーを起こさないよう、真っ暗なまま闇の中を見通せる魔術を使って。
んっ、と師匠は咳払いを一つ。
「マメー、腹は減ってないかい?」
「ん? んー……」
マメーはそんなに、と答えるつもりだった。
だが、きゅー、とお腹が答える。
「へってるみたい」
昨日の夕飯を食べずに寝てしまっているのである。それを思い出したら、随分とお腹が減っているような気がしてきた。
師匠はゆっくり立ち上がる。
「よし、じゃあちょっと口をすすぎな。準備ができたら厨房でも借りようかね。秘密の夜食にしようか」
「ひみつのおやしょく!」
それは何かとても魅力的な響きであるようにマメーには感じられた。
マメーはベッドからそそくさと降りてくる。いつのまにか着替えさせられていた寝巻き姿のまま、内履をつっかけて口をすすいで顔も洗って戻ってきた。
「あ、ゴラピー」
マメーのベッドの脇には三つの植木鉢が並び、そこから芽がぴょんぴょんぴょんと生えていた。師匠が植木鉢を持ってきてくれたのだろう。
「んじゃ行くかい」
師匠の言葉に、マメーはぎゅっと師匠に抱きついた。
「えへへー。いくー」
「ほれ、動きづらいから離れな」
「やだー」
そうやって二人はじゃれながら厨房へと向かったのであった。








