第188話:ルナちゃんとこむぎいろのゴラピーもきました!
ルイスとて神殿に火の手が上がっていて、マメーがそこに師匠がいると言ったがために急ぎ降り立ったのである。王城に連絡を入れるような暇などなかったのだ。
ルイスはそうランセイルに説明し、尋ねた。
「そう言えばお前が来るのも随分と早かったな?」
師匠が真名の魔術を使ってからランセイルがやってくるまで、ほとんど時間は経っていない。ランセイルは説明する。
「王城に勤める騎士も魔術師も、王都神殿で爆発があれば出動の準備くらいしているとも」
道理である。だが、それはランセイルのみが先行する理由ではない。ルイスの視線に疑念が浮かんだのを見て、ランセイルは言葉を続けた。
「ルナ王女殿下が枢機卿猊下との交渉のため馬車でこちらに向かっていてな。不才もそれに同行していたのだ」
「ふむ」
「突然の火災に足を止めていたところにこの魔力震だ。不才が先行して調査するよう命じられたのである」
ランセイルはそう言うが、自分から調査を買って出たことは明らかである。
ルイスはランセイルの胸に指を突きつけた。
「馬鹿! お前それならさっさと戻って報告してこい!」
「む、む? そうか」
当然、王女殿下の護衛がランセイルだけというはずはないので、殿下の身に危険がということもないが、そもそも先行調査ならすぐに報告に戻るのが当然である。ランセイルは師匠の魔術に未練があるようであるが、そんなのは報告の後で聞けばいいことだ。
だが、少々遅かったようである。
「それには及びませんわ!」
「あ、ルナちゃんだ!」
ルナ王女が直接やってきてしまったのである。両脇には護衛の騎士や従者たちが控えていた。ルイスはため息をつく。
「王女殿下ともあろう方が、安全確認のできないところにやってくるのは問題ですよ」
「仕方ありませんわ。ゴラピーちゃんが、マメーちゃんも来ているし大丈夫と言うのですもの」
先ほどの真名を用いた誓いには、当然ながらマメーの魔力も含まれていたのである。ゴラピーにはそれが感知できたのだろうか。
「ピャー!」
ルナ王女の隣にいる従者が手にする籠の中で、小麦色のゴラピーが高らかに鳴いた。
「ゴラピー!」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
マメーはぱあっと顔を輝かせ、マメーの肩の上で赤黄青のゴラピーたちもわあいと歓声をあげた。
マメーはルナ王女のところに駆け寄ろうとして、はっと気がついた。これは礼儀作法の勉強の成果を示すところだと。
白いローブの裾をつまんで、膝を曲げて腰を折る。
「ごきげんうるわしゅー。ルナおーじょでんか。ごそんがーんをはいえつできましたこと、ばんかーんのおもいでございます」
王女殿下と会うという、礼儀作法に適った所作と言葉であった。何か発音が変で、とても棒読みではあるが。
「えーっと……」
本来なら王女だって返礼はすぐにでてくるのだが、マメーがそのような挨拶をするとも思わず、困惑して言葉が出なかった。
「ピャー」
「ええっ、へん!?」
一方、小麦色のゴラピーは辛辣であり、なんかヘンと一蹴であった。
マメーは頭をぴょんと起こして悲しそうに言う。
「マメーの挨拶は正しいわ。でもせっかくお友達なのですもの。普通に挨拶してくれた方が嬉しいわ」
「うん、ルナちゃん!」
「ええ、マメーちゃん」
ルナ王女は籠の中から小麦色のゴラピーを取り出して腕に抱えると、マメーの前に立ち、二人は手を取って再会を喜ぶ。ゴラピーたちはマメーの肩からよじよじとおりてくると、二人の腕の中で小麦色のゴラピーと手を取って、彼らもピキピーピューピャーと再会を喜びあった。
「ウニーちゃんも、魔女のグラニッピナ様もごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう」
ウニーは答え、師匠は軽く頷きを返した。
「それで、マメーちゃんもいますし、事件は解決されたのですか?」
それにはイングレッシオが答える。
「マメーさんは戻り、問題となっていた戸籍は魔女グラニッピナ様が解決なさいました。後は実行犯のハンケとミウリーを捕まえることですね。そして彼らの処分を終えましたら、愚僧もまた責任を取ろうかと思っております」
ふうん? と師匠は鼻を鳴らし、話の続きを促す。
「枢機卿の地位を返上し、中央神殿で修行のし直しをすることも考えて……」
中央神殿とは大陸全土に広がる神殿という組織の総本山である。
ルイスらが息を呑んだ。だが、師匠の手が閃いて、杖の先端がイングレッシオの頭を打つ。ブリギットがウニーを叩くのとは違う、ごんっと重い音が響いた。
「いったーい」
なぜかマメーが頭を押さえた。イングレッシオはぐっと苦悶の声をあげるがなんとか堪えて師匠を見る。
「ご不満ですか」
「あたしたちの真名を知って、この国から離れると? 目が届きづらくなるだろうに。面倒だからやめな」
実際にするかは別として、確かに監視はしづらくなるだろう。イングレッシオは自らの不明に頭を下げた。
「……かしこまりました、ですが何らかの責任は取らねばなりますまい」
「あんたの責任ってのはなんだね?」
「愚僧が聖女を見出したと不用意な発言をしたことがきっかけでハンケ司教の暴走を招きました」
「きっかけ、きっかけねぇ……」
師匠はこつりと杖をつき、ゆっくりと振り返る。頭からそろそろと手を下ろしていたマメーに尋ねる。
「マメーよ」
「あい」
「今回の事件のきっかけ。何がマズかったかね? だれのせいかね?」
「マメー!」
マメーは元気よく、そう答えた。








