第187話:マメーはししょーだいすきだしだいじょーぶ。
「もう名前の話は無しだよ」
「あい!」
師匠の言葉にマメーは元気よく頷く。
その声がルイスたちのもとに届いたことで、〈静寂〉の結界が解けたことがわかったのだろう。「あ、あー」とルイスは喉の調子を確かめるかのような声を発してから近づいてきた。
「グラニッピナ師、恐るべき魔力の奔流でしたが今のは何だったのか聞いても宜しいでしょうか? またそれを王家に報告しても」
魔術師ではないルイスですらその魔力を強く感じ、さらには世界が揺れたようにすら感じたのである。それはどこまで伝わったのか。王都の民は皆が感じただろうか、それとも王国全土でも感じられたのだろうか。
またルイスは騎士であるから、王にはそれを報告する義務があるのだ。
「ああ、構わんよ。別にたいしたことじゃあないさね。そこの男が生意気にも家族の誓い、この場合はあたしとマメーの養子縁組して戸籍に登録するってことだが、それを立てさせようとしたのでね。全力で誓ってやっただけさ」
イングレッシオ枢機卿は疲労を滲ませながら頷く。ふむ。とルイスは考えて尋ねた。
「つまり何か危険があるわけではない?」
「超あるわよ、何言ってんの」
顔色を白くしたブリギットが近づいてきてそう言った。
「お婆ちゃん、マメーも。真名の誓いをしたんでしょ?」
「したよー」
マメーは軽く頷く。
「それで何、家族だよって誓っただけなの?」
「うん」
ブリギットは頭をがりがりと搔いて言う。
「真名の誓いに、しかもあれだけの魔力を込めて、ただ家族を誓っただけって、何の意味もなく、ただ弱みを作っただけじゃないの!」
実際、結果だけ言えばこの誓いで師匠とマメーは真名をイングレッシオに、神殿に知られるという魔女としての弱みができた。そして誓いはただ家族であり、互いを慈しみ愛するというだけのものであり、これによって何も得たものはない。そもそも二人は神殿に認められなかろうがとっくに家族である。
まるで大金をドブに捨てたようなものだとブリギットは言っているのだ。
「マメーはししょーだいすきだし、だいじょーぶ。ししょーもマメーだいすきだから、だいじょーぶ」
今はもちろんそうだ。だが将来、五年後、十年後が誰にわかるというのか。
「グラニッピナ!」
ブリギットは珍しく彼女の姉弟子を名前で呼んだ。
だが、姉弟子はゆっくりと首を横に振ったのだった。
「意味はあるのさ、ブリギット。あるんだよ。誓いってのはね、重さであり、重さってのはそれだけで力になるのさ。心が、魂が望んで立てた強い誓いほど、それが力になる。もちろん、そんなことを期待して誓いを立てるわけじゃあないけどね」
「まさにその通りです」
ルイスは胸に手を当てて力強く肯定した。騎士こそ、誓いと共に生きる生き様なのだ。
国家を護る、宗教を、民を、幼子を護る誓い。あるいは誠実・寛大・正義・不屈。騎士とは叙任される時に必ずや何らかの誓いを立てるのだ。もちろん、口だけの者がいないわけではない。だが、強き騎士は必ずや心からの誓いと共にある。
無論、ルイスとて心に刻まれた誓いがあり、彼が苦境にある時、それこそが彼を奮起させる力となることであろう。
ルイスはマメーとグラニッピナに向けて跪き、寿いだ。
「家族となられたこと、おめでとうございます。グラニッピナ師、マメー」
師匠はふんと鼻を鳴らし、マメーはにっこり笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。師匠。マメーちゃんとグラニッピナ師匠なら」
ウニーも前に出てきて、ブリギットの腰をぽんと叩く。そして杖を持つ手を後ろ手にして深く腰を折った。
「おめでとうございます、グラニッピナ師匠。おめでとう、マメーちゃん」
「あい、ありがとー!」
マメーがばんざいして喜び、ピキピーピューとゴラピーたちも鳴いて頷くような仕草を見せた。
ウニーの大丈夫という言葉にも何の根拠もない。だが、普段はマメー第一のゴラピーたちも特に反対する様子もない。
ブリギットは心配するのがバカらしくなり、ため息をついた。
「あーあ、やだわ。なんかあたしだけ歳とっちゃったみたい」
「そりゃ師匠元から老じ……あいたぁ!」
ブリギットの拳がウニーの頭に落ちた。ブリギットは言葉を探すようにちょっと考える。
「おめでと、お婆ちゃん。それともお母さんかしら?」
「お婆ちゃんはやめ……いやもうお婆ちゃんにしといてくれ」
マメーもウニーも笑った。つられたようにルイスもブリギットも笑みを浮かべる。
そしてその時、聖堂の入り口の方で大きな物音がしたのである。焼けこげてひしゃげた扉を破壊して人影が現れた。
「グラニッピナ師!」
「あ、ランセイルだ」
ランセイルであった。
王城から急いで駆けつけたのだろう。彼の額には汗で黒髪が張り付いていたが、さらに聖堂の長い身廊を脇目も降らずに駆けてくると、開口一番こう言った。
「何なのですか今の魔術は!」
「落ち着けランセイル、今のはな……」
ルイスがランセイルに簡単に説明すると、ランセイルは床を強くだんだんと踏んでこう言った。
「なぜ不才を呼ばぬのだ!」
「無茶言うな」








