第184話:しろいひとにあやまられました。
マメーはしばらくわんわんと泣き、師匠は黙ってマメーの頭を撫で続ける。ブリギットたちも黙ってそれを見つめていた。
「ぐすっ……えへへ……」
泣き止んだマメーは恥ずかしくなったのか照れ笑いを浮かべて師匠の黒いローブで顔を隠す。
衣擦れの音がした。マメーの前でイングレッシオ枢機卿が膝をついたのだ。
「マメーさんですか」
「……あい。まっしろ、きれー」
マメーはイングレッシオの肌も髪も白いのにびっくりした。
「ありがとうございます。この神殿の責任者のイングレッシオと申します」
その名前には聞き覚えがあった。礼儀作法の勉強で学んだのだ。
「イングレッシオ。おべんきょーしました、すーききょーげーか。マメーはマメーです」
「はい、マメーさん」
イングレッシオは深く、深く頭を下げた。
「申し訳ありません。愚僧の不用意な発言によりハンケ、ミウリーの暴走を招き、貴女の身を危険にさらしました。深く謝罪いたします」
「ん」
マメーは師匠を見上げる。師匠はため息をついた。
「マメーは謝られると許しちまうけどね。あたしだってまあ別に手打ちにしてやっていい。だがまあ、なんか詫びは用意しなよ」
「はい。必ずや」
イングレッシオは立ち上がり、もう一度頭を下げるのだった。
「……ピー」
師匠とマメーの間で潰されていたゴラピーたちがもぞもぞとマメーの腕の中から出てくる。マメーが泣いている間は我慢していたのだ。彼らはマメーの肩の上によじ登った。
マメーは彼らに、あ、ごめんと謝り、師匠に言う。
「あのね、ゴラピーたちがね、たすけてくれたの」
「そうかいそうかい。あんたたちもよくやったねぇ」
「ピキ!」
「ピッ!」
「ピュー」
ゴラピーたちはマメーを助けただろうし、精神的にもマメーの支えになってくれたことだろう。師匠が誉めれば、ゴラピーたちもマメーの肩の上で胸を張ったり頷きを返したりする。
「それとね、ミントさんもたすけてくれたの」
誰だいそりゃあ。師匠は思わずそう言いかける。こんなところで知らない名前が出てきたぞと思う。
「ピー」
「それとねずみさんも」
「んんん?」
ルイスが笑みを浮かべながら近づいてきた。
「ねずみさんについては存じませんが、私がマメーを見つけることができたのは、空を飛んでいたら屋根が緑に覆われている聖堂があったからです」
「うん、それがミントさん」
ミントがいくら繁殖が早くどこでも育つ植物であるとはいえ、当然屋根には生えない。マメーの五つ星の才能がなんらかの作用をしたのだろう。
「そいつは良かったねぇ」
師匠は適当に相槌を打ちつつ考える。
おそらくは普通のミントをマメーの魔力で急成長させたということだ。だが、マメーの表現からすると、彼女が意図してやった訳ではなさそうでもある。
魔術というような体系づけられた力ではなく、マメーの魔力と願いにより植物が自発的に動くという神秘的で不可思議な力である。おそらくは本質的にはそれこそが魔法というものなのだろうと師匠は思っているのだが。
「それでね、ルイスがオースチンにのって、びゅーんっておりてきてたすけてくれたんだよ」
マメーが言葉を続ける。マメーの説明では言葉足らずなので、師匠はルイスに尋ねた。
「ルイスよ。どういう状況だったんだい?」
「ハンケ司教とミウリー司祭と思われる男性、マメーとドロテア嬢などが神殿の庭にいることを空から確認しました。司祭がマメーに杖を向けたため、急いでマメーとゴラピーを抱えて空に脱出したのみです」
「ふむ」
ミウリーらを捕えることなどはしていないということだが、これは優先順位の問題である。マメーを助けることが最優先なので、あの状況では最良の判断と言えた。
だから師匠も他の誰も、その判断に対し何か文句を言うことはない。
「そのハンケとミウリーってのをひっ捕まえに行かないとねぇ」
ただ、もう逃げられていたりしている可能性はあるかもねぇとは思った。
師匠としてはちょっと面倒だなと思うところでもある。森の奥から王都まで、神殿を襲撃しながらたいして休みもなく飛んできたのだ。もちろん疲労も感じているし、結果として神殿のトップに頭を下げさせ、マメーは無事に戻ってきたのだ。王国と神殿に指名手配でもさせて、森に引っ込んで彼らが捕まるのを待っていても良いんじゃないかと思うところもある。
マメーが師匠の袖を引いた。
「何さね」
「ハンケしきょーがね、マメーに〈れーぞく〉のまじゅちゅをつかえっていってたのよ」
「……〈隷属〉だって!?」
マメーはぷんすこ怒ってみせる。ゴラピーたちもマメーの肩の上でそうだそうだと肯定するようにピキピーピューと鳴いた。
ウニーが息を呑む。
「本当ですか、マメーさん」
思わずイングレッシオが尋ね、マメーが頷くのを見て、天を仰いだ。
師匠は鼻を鳴らす。
「前言撤回さね。ハンケとミウリーってのを殺してやらないとね」








