第180話:ブリギットししょーもやってきました!
「わはー」
マメーが久しぶりの空にか助けられたことに興奮してか、ルイスに抱えられながらぱたぱたと脚を揺らす。
マメーが着ているのは白いワンピース型のローブである。神殿の聖女が似たものを着ているのをルイスは見たことがあるが、それよりは装飾が簡素であった。聖女の普段着なのか聖女候補用のものであろう。
「マメー、しっかり掴まっていてくださいね、ゴラピーも」
「あい!」
「ピキー!」
マメーと赤いのが元気よく返事をした。
白いローブがスカート状なので鞍にまたがらせるのも難しいし、籠に入っている黄色と青のゴラピーはともかく、赤いゴラピーは〈固着〉の魔術を使うこともなくマメーに抱かれているだけだ。
ルイスは鞍にくくりつけている革紐を使って自分の身体ごとマメーの身体を縛り、紐の端っこをゴラピーに持たせた。
「ルイスありがと」
「ピキッ」
「ええ」
片手は常に手綱を握ったままで器用なものである。もちろんグリフィンライダーは必ずこの訓練をするのだが。
「どこか痛むところなどありませんか? 食事とかは大丈夫でしたか?」
「うん、だいじょーぶ。たたかれたりされてないよー」
「それは何よりです」
そのようなことを話している間にも、オースチンはばっさばさと翼を動かしていたが、突如「ピグルゥ!」と鋭く一度鳴きながら、軽く頭を揺すった。それは空中で接近するものがあるという時に警戒を促す仕草だった。
とはいえ、この状況ではそれが誰なのか明らかである。ルイスはオースチンの視線の方を見てからマメーに言った。
「ブリギット師ですよ」
「ブリギットししょー!」
マメーはルイスの前でぶんぶんと手を振った。
近づいてきたそれは、やはり優美な箒に腰掛けて三角帽子を被ったブリギットであった。彼女はオースチンの前でふわりと減速して飛ぶ向きを変え、オースチンと並走するように旋回した。顔には笑みが浮かんでいる。
「あら、おチビちゃんじゃない! ルイスに助けてもらったの?」
「うん! ルイスとね、オースチンがたすけてくれたの!」
一人と一頭はその行く先をサポロニアンの王都に向け、飛びながら話をする。
「そう、思ったより早く見つけられたわね。良かったわあ」
「マメー殿の機転のおかげですよ」
「へぇ?」
ルイスは聖堂のてっぺんの聖印がもさもさと草に覆われていて、これはマメーがやったに違いないと確信したのであると話をした。それを聞いてブリギットは箒の上でお腹を押さえて笑い出した。
「あはは、マメーったら最高ね!」
「マメーはとくになにもしてないんだけどー、ミントさんががんばってくれたんだよ」
「そう。でもそれだってマメーの魔法じゃない」
マメーとしては夜にお祈りをしていただけという認識である。だって、彼女はこういうときに助けを求めたり、逃げ出すような魔術なんてまだ全く知らなかったのだから。
だが、植物はいつだってマメーの味方をしている。それがマメーの魔法の形でもあると師匠たちは考えているのだ。
「んー、たぶん。でもねー、それがしんでんのひとにばれてたいへんだったの」
「そういえば、マメーは司祭たちと外に出ていましたね。司祭があなたに何か魔術を行使しようとしていたので突入したのですが」
「あのねー、〈れーぞく〉のまじゅちゅをつかわれそーだったの」
「なんですって?」
ルイスはその響きにぎょっとし、ブリギットが怒りをあらわにした。禁呪を使う、それも幼子に使って支配しようとするとは!
「ハンケしきょーがミウリーしさいに、マメーがわるいこだったら〈れーぞく〉のまじゅちゅつかえーっていってたのね。それをゴラピーたちがきーてきてくれたから、マメーいいこにしてたの」
「ピュー」
「ピー!」
偵察に行っていた青のゴラピーはうんうんと肯定し、黄色のゴラピーは悪いやつだった! とぷんぷん怒ってみせた。
「そう……あなたたちも活躍したのねえ」
「ええ、ゴラピーも、そしてマメーも本当によく頑張りました」
「むふー」
マメーは満足そうに頷いた。そしてルイスとブリギットに捕らえられてからどういう生活をし、何を見聞きしていたかなど問われてそれに答えていたが、はっと気づいたように言った。
「そうだ、ししょーは? それとウニーちゃんは?」
ここには師匠がいない。そしてブリギット師匠がいるのにウニーを連れていないことに気づいたのだ。
「ウニーはお婆ちゃんと一緒にいるわ」
「ししょーと」
「ええ」
「そのししょーはどこにいるの?」
ブリギットが箒の上で器用に肩を竦めた。
マメーはルイスを振り返る。
「マメー殿を救うための行動をされているとは聞いていますが、今どこにいるのかは私も存じ上げません」
「そーなんだ」
「ピー……」
マメーはちょっと寂しそうだ。黄色いのが慰めるようにマメーの胸元で鳴き声を上げた。ブリギットが言う。
「さっき〈隷属〉使われそうになったって言ってたでしょ。それに〈転移〉でさらわれた」
「うん」
「お婆ちゃんは二度とそうされないようにしてるのよ」
「そーなのかー」
ルイスも元気づけるように明るく声を出す。
「お城で待ってればすぐ会えますよ」
「ん」
太陽はずいぶんと傾き、日没へとさしかかる頃。サポロニアンの王城が、そして街が見えてきた。王城が、そして神殿の聖堂が夕日に赤く照らされている。美しい景色だった。
ほら、もう到着ですよ。ルイスがそんなことを口にしようとした時である。
その聖堂が突如、轟音と共に炎に包まれた。
「あ」
「ピィッ!?」
三人と三匹の声が重なった。
「ししょーだ!」
マメーがぴょんと両手をあげ、ブリギットは天を仰いだのだった。








