第178話:おーすちんにのってとんでっちゃいます!
地上に降り立ったオースチンは、力強くその翼をばさりとはためかせた。周囲に暴風が吹き荒れる。
「うおっ!」
「きゃっ!」
司祭やドロテアらが顔を伏せ、地に膝をつく。
「ピキィ〜!?」
地面に置かれていた檻が、ごろごろと地面を転がり、中にいた赤いゴラピーが悲鳴をあげた。
だがその翼の内側にいるルイスとマメーには風の影響は及ばない。ルイスは片手で、駆け寄ってきたマメーを抱き上げると鞍の前に横向きに座らせた。
「よくご無事でしたね」
「ルイスー」
マメーはルイスの身体に抱きついた。がんっ、とルイスの鎧に頭をぶつけた。硬くて冷たい。ルイスはマメーの頭を撫でる。ちょっと痛かったし、撫でるのも金属の籠手の内側のごわごわした革の手触りであったが、マメーはえへへと笑みを浮かべた。
ルイスはさっと顔をあげると、周囲を見渡し、男たちに向けて朗々とした声で名乗りをあげる。
「我こそはサポロニアン王国が銀翼騎士団副団長、ルイス・ナイアント! 攫われたる魔女の弟子、マメー殿を奪還すべく推参した者なり!」
男らのうち、老いた方、ハンケ司教がよろよろと立ち上がって言った。
「王国の騎士よ。魔獣に乗ったまま聖堂に降り立つとは正気か?」
「人攫いに正気を問われる謂れはない!」
「サポロニアンは神殿と敵対するのか?」
ルイスはそれを鼻で笑う。
「お前たちの行為が神殿の総意だとでも?」
ぐっ、とハンケ司教は言葉に詰まる。これは神殿内での権力闘争のためである。本来なら王国は全くの無関係だ。それをここまで早く、かつ直接的に介入してくるとは読めていなかったのだ。
彼の価値観からすれば、これは異常なことであった。一国家が魔女とはいえまだ幼い見習い一人を、神殿という組織に敵対するリスクを負ってまで保護しようとするとは考えられないのが常識である。確かに一般的にはその考えは間違ってはいないだろう。
だが、彼の読み違いはマメーという少女を見ていないことにある。彼女が王城で何をなし、ルナ王女が、ドーネット国王が魔女のグラニッピナのみならず、マメー個人にどれだけ感謝をしているのかを調査していないのだ。
ハンケ司教は反論のため声をあげようとしたが、それを遮るものがあった。
「ピグルゥ!」
オースチンの鳴き声である。彼はずいっと一歩前に踏み出し、司教らは二歩後ろに下がった。
別にオースチンは司教らを攻撃しようとしたわけではない。彼の前脚の鉤爪が打ち下ろされたのは、地面に転がっていた金属の檻であった。
それにはミウリー司祭による防御の魔術もかけられていたのだが、鉤爪は檻も魔術も易々と切り裂いた。
「ピキー?」
破れた檻の中から、赤いゴラピーがおそるおそる外に這い出してきた。
「ピキー!」
そしてゆっくりと目の前に降りてきたオースチンのクチバシに抱きついた。
「ナンディアさん」
マメーが修道女の名を呼ぶ。
「それちょーだい」
マメーが指差すのは彼女が抱えている黄色と青のゴラピーが閉じ込められた檻である。ナンディアは思わず上司たちの方を見た。ハンケ司教は激しく首を横に振ったが、ミウリー司祭は顔をしかめて首をゆっくり縦に振った。
グリフィンの獅子の尾が、不機嫌そうにゆらりと揺れた。
「……どうぞ」
ナンディアはおそるおそる近づくと、マメーに檻を差し出した。
「ありがと」
「いえ、えっと、申し訳ありませんでした」
「いいよー」
ナンディアはさっと後退した。グリフィンとはそれだけ恐ろしい魔獣なのだ。
「ピー!」
「ピュー!」
檻の中で黄色いのと青いのは歓声をあげた。
「ピキー!」
赤いのはグリフィンの頭から首をてちてち走って、マメーに飛びつく。檻越しに一人と三匹は抱き合った。
「えへへー、よかったー」
「しっかり持っていてくださいね」
「あい!」
ルイスはマメーをしっかり抱きかかえて、司教らに言った。
「我らはサポロニアンの王都へと向かう。文句があるなら来ると良い!」
「逃げる気か!」
「ひとまずはマメー殿を保護するのを優先させていただきますよ。では失礼!」
ルイスはそう言ってオースチンの腹を脚で締める。
「ピグルゥ!」
オースチンは一声高く鳴くと、翼を打った。ぶわりと風が巻き起こり、巨体が空中へと浮かび上がる。
その時、マメーとドロテアの琥珀の視線が絡んだ。マメーの口が何かを言おうとしたのか動いたが、翼と風の音にかき消されて、ドロテアの耳には届かなかった。
「ミウリー、撃ち落とせ!」
「無理です猊下! 仮にそうしたならば王国と完全に敵対しますぞ!」
ドロテアの背後では二人の男が醜く言い争いをしていた。
見上げる彼女の視線の先では、グリフィンの巨体に隠れてマメーの姿はほとんど見えない。そしてその巨体も翼を一打ちするごとにどんどんと小さくなって遠ざかっていく。
「……あーあ」
ドロテアはそう呟くと、小さくため息をこぼすのだった。








