第177話:せーしんそーさけーまじゅちゅはいけないんだよ!
「ハンケ司教!?」
ここで〈隷属〉を使えというハンケ司教の言葉にミウリー司祭は驚愕した。そして諫めようとしたが、司教は言葉を続ける。
「これだけの魔術を扱い、使い魔まで隠していたのだ! 自由になどさせられるものか」
その意見自体は正しいとミウリーは思う。マメーは言葉も拙い幼い少女に見えて、極めて危険な能力を有しているようであった。このままここに置いておくわけにはいかない。
「ねーねー。ハンケしきょーは〈れーぞく〉とか、えーっと、せーしんそーさけーのまじゅちゅをつかっちゃいけないのしってる?」
マメーが唇を尖らせて抗議した。
そうなのだ。精神操作系魔術の中でも〈高揚〉など、心を強くするものは問題ない。〈幻惑〉や〈睡眠〉など魔獣を傷つけずに捕獲するなどにしばしば使われるものもある。だが相手を意思に反して操る〈魅了〉や〈隷属〉などのような魔術はどこの国においても禁呪とされる。
「知ってるとも。だがお前のような悪い子には使っても問題ないのだよ」
特例として、重犯罪者には使用が認められているということを言っているのだろうが……。ミウリーは嘆息した。
確かにマメーが神殿の聖印を大きく損ねたと考えれば、宗教的には極めて大きな問題である。だが、精神操作が認められるほどの重犯罪かと言われればそれもまた違うであろう。
「マメーわるいこじゃないもん!」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
マメーは、さらには使い魔のゴラピーたちもハンケ司教に抗議するが、司教はそれを聞き入れない。鼻で笑って言葉を返した。
「この聖堂の敷地には〈静謐〉の聖術による結界がかけられておる。故に、この場でそれを使ったとして誰が知ることがあろう。何の、問題もない」
神殿には告解の秘跡というものがある。信徒が司祭に罪を告白し、司祭がそれに赦しを与えるというものだ。ミウリーがジョンにそう言って秘密を聞き出したのがそれである。
告解はその秘密が他者に漏れないようにする必要がある。一定規模以上の聖堂の敷地や神殿の聖術師の周囲では、〈静謐〉の聖術により声が外には漏れぬよう、魔術が遮断されるようになっているのだ。
師匠が魔術でマメーの居場所を判別できないのは、〈転移〉が使われたことに加えてそのためでもある。
「ミウリー、やるのだ。そのために娘の姉も連れてきたのだからな」
ハンケ司教は掴んでいたドロテアの手首を引き、ミウリーに差し向けた。
神殿の聖術は血縁関係を通じてその力を強めるものが多い。〈隷属〉も家族の声を届かせるという形で使うことで強力となるのだ。
「……かしこまりました。猊下」
ミウリーはドロテアを片手に、もう片手で杖をマメーに向けた。
「むーっ!」
マメーは唸る。ゴラピーたちもピキピーピューと鳴くが、鉄の籠の中である。
さて、それを遥か高空から見下ろしていたものがいるのだ。銀翼獅子騎士団副長ルイス・ナイアントと、彼の愛騎オースチンである。
彼らはマメーを探す中、葉っぱでもさもさになった聖堂の屋根を見つけたのである。屋根が、それも神殿の象徴たる聖印が草の葉っぱで覆われていることなど、それこそ廃墟にでもなってなければあり得ないのだ。間違いなくマメーの仕業だろうと確信できた。
「ふふっ、さすがはマメー殿だな」
「ピグゥ」
ルイスが呟けば、乗騎のオースチンも肯定するように小さく鳴く。なんなら葉っぱももさもさと揺れて肯定したようにすら感じた。
ルイスはオースチンに高く、静かに飛ぶように命じる。オースチンは一度大きく翼をはためかせると、滑空するように翼を動かさずに上空に舞い上がった。
物理的にはありえない動き、それがグリフィンが魔獣たるゆえんでもある。
「むっ」
ルイスは高空でどう言って聖堂に押し入り、マメーを探そうか考えていたのだが、マメーや司祭たちが聖堂の庭に出てきたので、様子を観察することにしたのである。
遥か高空にいれば結界があろうがなかろうが、声などは聞こえない。だが鷲の頭を持つオースチンと遠方を見ることに長けたルイスからはその様子がよく見えた。銀翼獅子騎士団の主任務の一つは偵察と哨戒である。目の良い者が集められているのだ。
ハンケ司教は〈静謐〉の聖術のために、ここでの行為が露見することはないと考えていた。だが、直接目視するものがいれば話は別である。
マメーたちは話しているがどうやら不穏な様子であった。そして司祭が杖をマメーに向けた。
「行こう」
ルイスがオースチンの首を叩く。オースチンは返事に鳴き声をあげなかった。これは狩りだからだ。
オースチンが翼を一打ちし、頭から地面に向けて急降下を始める。
隼の最高速度は一秒で100mを飛ぶという。オースチンは巨体ゆえにそこまで速くはないが、その重量と力は隼などの比ではない。
オースチンは地面に衝突する寸前で翼を打ち、猫のように柔らかに、音もなくマメーの隣に着地した。
ルイスは急激な加速と減速に一瞬意識を持っていかれかけるが、それも慣れた感覚ではある。つとめて明るく、少女の名を呼び、手綱を持つのとは逆の手を差し出した。
「マメー!」
「ルイス!」
マメーの表情がぱあっと明るくなる。マメーはルイスの手に飛びついた。








