第176話:なんかへんなおじーさんがやってきました。
午後、マメーが聖女用の白いローブを羽織らされて、礼儀作法の先生にマナーの訓練をさせられていると、扉がばんっと音を立てて開かれた。
そこにいたのは白いローブに黄金の装飾がたくさんついた老爺である。ミウリーよりもっと服装がきんきらきんだとマメーは思った。
老爺は部屋に入り、マメーと視線を合わせるなり叫ぶ。
「お、お前っ、何をした!?」
「マメーなんにもしてないよ。おべんきょーしてるだけ」
マメーは一度こてんと首を倒してから、ローブの裾を摘んで、ちょこんと淑女の礼のように頭を下げた。
「はじめましてごきげんよー、おじーさま。おなまえうかがってもよろしくてー?」
棒読みであった。
老爺の後ろからやってきたミウリー司祭が咳払いを一つ。
「こちらハンケ司教猊下である」
「ハンケしきょーげーか。しきょーはしさいよりえらい? ……でございますか?」
ミウリーは頷いた。
マメーはハンケ司教と会うのは初めてだが、なるほど、これがミウリーに指示していたとゴラピーが言ってた悪いやつだなーとマメーは思った。
司教は来るなり激昂しているのか、声を荒げる。
「お前、聖堂になんということをしたのだ!」
「なにもしてないよーですよー?」
「そのような嘘がまかり通ると思うてか!」
ハンケ司教はマメーを打擲しようと手を振りかぶった。礼儀作法の女教師が悲鳴を上げる。マメーはじっとハンケ司教を睨んでいる。
だが、その手がマメーに届くことはなかった。
「ピー!」
「ピュー!」
黄色と青のゴラピーたちが、何か変なの来たと、こっそりベッドの下からマメーのそばに近づいていたのである。
黄色いゴラピーの身体から伸びた蔦が、マメーを後ろに引き倒すように下がらせ、青いゴラピーから広がった葉っぱが、ハンケ司教の手を止める。
マメーの身体は、ぽふりと蔦の上に座るような形となった。
「わ、わ。ゴラピー、ありがとー」
マメーが感謝の言葉を述べ、ミウリーがため息をついた。
「なんと、まだ使い魔を隠し持っていたとはな……」
マメーが慌てて立ち上がると、葉っぱや蔦はするする縮み、ゴラピーたちはてちてちマメーの足の後ろに隠れた。
「ピ?」
黄色いのが、隠れられた? 見えてない? とマメーのローブの裾から顔だけミウリーに向けた。丸見えである。
「ハンケ司教。お怒りはごもっともですが彼女も状況を理解していない様子。まずは実際に確認させてからでいかがでしょうか」
「ううむ……」
ハンケ司教は今振り下ろした手をさすりながら、不気味なものを見るような視線をマメーに向けた。
むむむ、とマメーは考える。マメーは魔力感知ができないが、ハンケ司教は多分魔術師ではない。魔法にそもそも慣れていないように見えた。だがミウリーはマメーよりずっと熟練の魔術師である。
ゴラピーを隠していられれば何か不意を打つことも可能であったかもしれないが、ゴラピーがマメーを庇ってしまったためにそれもない。
「マメーがなにかへんなことしちゃったのかな? でもしらないの、ごめんね」
マメーはそう言った。〈隷属〉の魔術をかけられないよう、従順にしているのである。
ハンケはミウリーに耳打ちすると先に部屋を出ていった。ミウリーはマメーに告げる。
「表にでよ」
「ゴラピーたちは?」
「……ナンディア。籠を用意せよ。マメーよ。ゴラピーらを籠に入れて連れてくるが良い。他にはもう隠しているのはいないな?」
「あいっ」
と言うわけで、マメーは籠に黄色と青のゴラピーを連れて外に出た。ミウリー司祭は赤いのを連れた籠を手にしている。
「あ」
「……エミリア」
ハンケはドロテアを連れてきていた。ここに連れられてきた日に別れてから初めて顔を合わせるが、まだ数日である。特に大きな変化などないが、服は修道女用のものを着させられていた。
だが、マメーからはここに来た日までとは違い、その声に覇気がないように感じられた。
ハンケはしわだらけの手でドロテアの手首を掴んでいる。そしてもう片方の手で天を指差した。
「あれを見よ、このようなことをするのはお前しかおるまい」
指差したのは天ではなく、聖堂の屋根であった。マメーがそちらを見上げれば、傾いてきた日が屋根を照らして……なんか緑色だった。
屋根が、その先端の聖堂の聖印が緑の葉っぱに覆われてもさもさしていた。あれは……。
「ミントさんだ!」
マメーが叫ぶ。
それに反応するかのようにわさわさと尖塔の突端にある聖印が揺れた。いや、揺れているのは聖印ではなくその周りの草であるが。
マメーは、おーいと両手を空に向けて振りながら尋ねる。
「ミントさーんどーしたの?」
がんばっちゃいました! と聞こえてきた気がした。
ミウリーが問う。
「あれは昨日与えたミントの鉢植えと関係があるのか?」
「うん、がんばっちゃいました! って」
「何をだ」
ミウリーが問うので、マメーは再びミントと言葉を交わそうとした。だが、それを遮るものがあった。ハンケ司教である。
「ミウリー! そんなことは後だ。この娘に〈隷属〉の術をかけよ!」








