第174話:ゴラピーがやっとつちでおねむできます!
ミウリーの部屋にいる赤いゴラピーの檻の中に植木鉢が用意される。
「ピキー!」
「うん、きょうはおやすみよー」
赤いのとマメーは互いに手を振り合った。マメーがゴラピーげんきでますよーに、と言いながら土を指先で掘って柔らかくし、ゴラピーはそこに潜り込んだ。
「ピキ〜」
赤いのはお風呂にでも入っているように土の中から顔だけだして、安堵したような鳴き声を上げた。
いつも土の中で寝ているのに、ここ数日はそれができなかったのだ。マメーの魔力で動けるとはいえ、やはり植物であるから土の中は安心するのだろう。
「じゃーねー」
マメーはもう一度手を振り、ミウリーに杖を返して自分の部屋に戻った。
部屋にもどってしばし休憩していると、修道女のナンディアとその後ろから神殿騎士がえっちら箱を持ってくる。
騎士が持ってきたのはプランター、長方形の箱型の植木鉢であった。すでにミントの苗が植えられていて、葉っぱがちょろりと出ているのだった。
「ミントさん!」
マメーはわーいと立ち上がる。
「どちらに置きましょう?」
騎士が尋ねたので、マメーは日の当たる窓際に鉢植えを置いてもらった。騎士はすぐに礼をして立ち去り、ナンディアが尋ねる。
「これでよろしいですか?」
「うん!」
そう言いながらマメーはベッド脇の水差しを持ってくると、ミントに水をちょろちょろかけた。
「ひりょーとかって、つかってないの?」
「あまり用意がないですね」
「ふーん」
「必要ですか?」
ミントは繁殖力旺盛であり、地域によっては雑草とも扱われるほどであるが、鉢植えでの栽培でこの時期、この大きさなら少々肥料をやった方が本当は良いのだとマメーは知っている。
実のところ魔力を扱わない農業についての知識も、世の中では失伝しているものがあり、植物を扱う魔女にのみ残っているようなものもあるのだった。
さっきのおいもさんもあんまり肥料とかもらってなさそうだなー、とマメーは考えながらミントの葉っぱをじっと見て、首を横に振る。
「だいじょぶ。ミントさんげんきそうだし」
「左様ですか。何か必要になればおっしゃってください」
「あい」
「では私はお……」
ナンディアが立ち去ろうとしたとき、マメーが手に魔力を込めた。
「〈はんもー〉」
ナンディアの目の前で、もさあっ、とミントの葉っぱが増えた。すかすかだった鉢植えは、一瞬にしてもさもさである。爽やかな香りがナンディアの鼻をくすぐった。
芋が育てられるのだから、ミントだって育てられるのである。当たり前のことではあるが、これもミウリー司祭に報告せねばなるまい。
「……私は食事の支度などしてきますので」
「はーい、いってらっしゃーい」
マメーが手を振り、ナンディアが部屋を後にした。扉がぱたんと閉まると、マメーはすぐにベッドへと駆け寄って、その下を覗き込む。
「ゴラピー、でておいでー」
「ピー」
「ピュー」
鳴き声をあげて、のそのそと黄色いのと青いのが出てくる。
「ピッ」
「ピュッ」
はいっと手をあげるゴラピーたちを見てマメーは笑みを浮かべた。彼らの頭上の葉っぱももさもさしていたからだ。
以前、師匠の前で〈繁茂〉の魔術を使った時は、ゴラピーたちはマメーの魔法を全部吸ってしまっていたが、今回はちゃんとミントにも魔法がかかっている。
「マメーがまほーつかうのうまくなったからかな? それともゴラピーがとおくにいたからかな?」
んー? とゴラピーたちは首を傾げた。葉っぱがもさりと揺れる。師匠がいれば答えてくれたのかもしれないが、今はわからない。ともあれだ。
「ゴラピーたちもミントさんたちといっしょに、うえられてるといいよ!」
マメーがミントの鉢植えを部屋に要求したのは、黄色いのと青いのを隠しながら土で休ませるためである。
「ピー!」
「ピュー!」
黄色いのと青いのは嬉しそうにぴょんと跳ねた。そしてマメーの手をつたって、いそいそと植木鉢の中に入っていく。マメーは先ほどやったのと同様に、土を掘り、ゴラピーたちはそこに潜っていった。
よし、とマメーは満足して頷いた。
その日は昼に芋を育てたが、それ以外は特に大きな出来事はなく、昨日までと同様であった。
そして夜、ベッドの上でマメーはぱんと手を合わせた。
これも日課となっている祈りである。
「あるかなのかみさま。ししょーとあえますよーに。ゴラピーがぶじでありますよーに」
祈りもまた魔術の一形態である。マメーは感情や強い思いを魔力に変えられる魔女の一員である。それも星五の才能を有するほどの。
そんなマメーの心からの祈りなのだ。
「ふあぁっ……ねよっと」
マメーはあくびをひとつ。ベッドの上にころんと横になって布団に身を包んだ。すぐにすやすやと寝息が聞こえ始める。
きょうこの日まで、マメーの祈りは実を結んでいない。ゴラピーは無事であるとはいえるかもしれないが、師匠と会うことはできていない。
当然なのだ。祈りというのは、願いを聞き届けるものが必要なのだから。この部屋に彼女の佑けとなるものはいなかった。……だが、今はいるのだ。それは秘儀の神々でもなければ、神殿の奉じる神でもない。
月光に照らされるミントの葉っぱが、もさり、と風もないのに動き始めた。








