第167話:どんどんぴーのまほーはいいまほうです!
「あははー、やったー」
「ピキー!」
マメーは笑う。頭の上に花の咲いたゴラピーもわあいと鳴く。
魔法はマメーが思った以上に上手くいった。畑とゴラピー以外に魔法はかからなかった。効果範囲がちゃんと守られたということである。そしてお芋も見るからにめっちゃ元気になったとマメーは思う。
「ふふーん」
ナンディアはびっくりして尻もちをついているし、ミウリーは叫んだ後に唖然として口をぱくぱくしている。
魔法の力とか隠そうとしていたような気がしないでもないが、数日ぶりにちゃんと魔術が使えたのでマメーはごきげんだ。
「ちゃんとめーそーしてたし、ぴかぴかだし」
マメーは長い杖を天に突き上げるようにぶんぶん振った。
師匠が言うようにちゃんと効果範囲を考えて魔術を発動できたし、効果も良かったのは、最近ちゃんと瞑想をしていたからだとマメーは思う。それと杖が白くてぴかぴかしているからだろう。魔力がすんなり通った気がした。
この杖は豊穣の聖女用に誂えられた杖なので、植物系魔術の発動には非常に適している。逆に師匠がマメーに貸与しているような初心者用の魔術杖は、実のところ一定量以上の魔力の通りをわざと悪くするよう作られているのだ。初心者が魔力を暴発させない安全装置のような効果である。マメーやウニーは知らないことだが。
「すげえっ!」
遠くから先ほどの少年の声が響いた。孤児院の方である。
続けて、わあっ! と建物から子供たちの歓声が響いた。
ミウリーは天を仰ぐ。こんなに劇的に、短期間で遠目にもわかるような植物系魔術が使われるなど想像もしていなかったのだ。実際には森の民たるエルフにはこのような魔術を使うものもいるし、人間の魔術師でも植物系魔術を戦闘に使うような一族というのはいるのだが、そのようなものをこの幼子が使うとは考えの片隅にもなかった。
興奮した子どもたちが叫びながら孤児院からマメーたちに向けて駆け寄ってくる。孤児院の院長や職員たちが建物内にとどめようとしているが全く止められていなかった。
ミウリーは舌打ちする。彼の目算が甘かったと言わざるを得まい。これだけ離れていれば地味な植物系魔術など使っているのがわかるまいと判断したのだから。
先ほどの少年がいち早く駆け寄って言った。
「おい、お前!」
「マメーだよ」
「マメー! お前がやったのか?」
他の子供たちも追いついてきて、マメーをじっと見つめる。マメーは彼らを見渡して、こくりと頷いた。
「うん」
「すっっごいな!」
「えへへー」
子供たちがわあっと歓声を上げて、マメーを口々に賞賛する。
「畑のおいもが!」
「すごく元気になった!」
「マメーちゃんっていうんだ」
「すごい!」
そんな中、子供たちの一人が問うた。
「マメーちゃんは聖女様なの?」
なるほど、確かにマメーは白い衣を着て、立派な杖を持っている。再び子供たちがじっとマメーを見つめた。
ミウリーは彼女が聖女見習いであると声を挟もうとしたが、その前にマメーは、胸を張ってどやぁと言った。
「マメーはね、まじょみならいだよ!」
「すげえっ!」
「まじょすげえ!」
「ちいさいのにすごい!」
「かわいい!」
はぁ、とミウリーはため息をつく。孤児院の子供たちが魔女に好感を持つようでは困るのだ。後でちゃんと院長には言い聞かせねばなるまい。
「いまのなんてまほー?」
再び子供たちの誰かが尋ねると、皆が口を閉じてマメーに注目する。誰かが質問すると、静かにするように教育されているようであった。マメーは満面の笑顔で言った。
「いまのはねー、どんどんぴーのまほー!」
「なんだその変な名前」
ちょっと子供たちの中では年長の少年は眉をしかめたが、他の子供たちはきらきら瞳を輝かせた。
「すげー!」
「どんどんぴーすげー!」
「どんどんぴー!」
「どんどんぴー!」
「むふー」
どやぁとしたマメーが子供たちにわっしょいわっしょいと称賛されるのを見て、再びミウリーはため息をついたのであった。
結局、半刻ほどは興奮した子供たちとマメーがはしゃいでいたが、やっとの思いで落ち着かせて、ミウリーはマメーを連れて部屋へと戻ったのであった。
「やれやれだな、困ったものだ」
ミウリーはどすんとソファーに腰を下ろしながら言った。
その向かいで、マメーは立ったまま首を傾げる。彼女の足元にはゴラピーの籠がある。
「マメーはいわれたから、まほーつかっただけだよ?」
まあその通りではあるのだ。ただ、効果がミウリーの想定を超えていただけで、彼女はここ数日の生活態度も従順だし、今の魔法だって彼女の言うように言われたことをやっただけにすぎない。
連れてくるのこそ強引であったが、ミウリーとしてもマメーにあまり悪感情を持たれるのは得策ではないのだ。ここでとやかく言うべきではないと思った。魔法が不得手であるならここで修行させるようにと司教から命じられてはいるのだが、これだけの魔法を使えるとなれば、すぐにでも王都に召集される可能性もあるだろう。
「そうだな、見事であった」
「ふふん」
マメーは自慢げである。
「畑の作物を育てたことに対して、何か褒美を授けよう」
「ほーび。……じゃーねー。ゴラピーとマメーのおへやにつちがほしーな。それとうえきばち」
ふむ、とミウリーは考える。外出など、逃走につながるようなことではないことであったのに安堵した。この褒美という言葉とて、マメーがどう答えるか図っているのである。
「部屋の植木鉢は何をするのだね?」
「なにかおへやでもそだつミントとかもらっていいー?」
「良かろう。ただちに用意させようではないか」
「やったー」
こうして、ミウリーとの面会は終わったのだった。