第165話:ゴラピーはかわいいのだけでもすごいのに、いろいろおてつだいもしてくれます!
「ピキーッ!」
赤いゴラピーは勝手に魔法をかけられたことに憤慨して再びぷんぷんと鳴いた。ミウリー司祭はそれには取り合わず、〈鑑定〉の結果を読み上げる。
「なになに……、マンドラゴラ・オフィシナルム・ゴラピー。マンドラゴラの新種であり、ある程度の知覚・思考力を有して動物のように行動できるようだが詳細は不明。マメーの使い魔。……なんだ、これでは何もわからんに等しいではないか」
「ふーん、他には出てこないの?」
ミウリーは懐に短杖をしまいつつ、舌打ちでそれに答えた。
マメーはゴラピーをあやしながら考える。師匠が言っていた。〈鑑定〉の魔術で出る情報量は、術者が魔術に熟達しているかと使用した魔力量によって決まると。
〈鑑定〉はかなりの高位魔術だ。使えるだけでもすごいことだが、師匠ほどの使い手ではないと思った。もちろん、マメーにとっては当然のことなのだが。
「まんどらごら・おふぃしなるむ・ごらぴー」
その難しい言い方は学名というやつである。
そして〈鑑定〉によってそれが出るということは、マメーにとって朗報であった。魔女協会がゴラピーを新種として登録したということを意味しているためだ。いつまで経っても登録されないと師匠がぷんぷん怒っていたやつで、ブリギット師匠に手紙を出して、魔女協会に直接抗議させると言っていた。
つまり、ブリギットとその弟子のウニーは用事を終えて師匠のもとに向かっているはずである。あの二人も攫われたマメーを探してくれるに違いなかった。
「新種のマンドラゴラ、それも自発的に動くというのは確かに聞いたことはないが……どこで見つけたのか?」
「……ししょーの、もりのおうちにあった、はちうえだよ」
マメーは再び嘘をつくことなく、真実を隠した。
「新種のマンドラゴラを使い魔としている……植物なのにこうして動くというのは確かに珍しいだろうが、それだけで聖女候補であると枢機卿猊下が仰るだろうか?」
ミウリーはそう独り言を呟きながら首を傾げ、マメーもそれには答えようがないので首を傾げる。
「そのゴラピーは何ができるのだ」
「かわいい!」
マメーは即答した。
「ピキー!」
ゴラピーは胸を張った。ミウリーはため息をつく。
「何ができるのか、と聞いているのだ」
「いろいろおてつだいとかしてくれるよ。ねー」
「ピキー」
「うむむ……」
わからん、とミウリーは思う。自分自身、かなりの聖術の使い手ではあると自負しているが、イングレッシオ枢機卿やら、今までに会ったことのある魔女など、高位の術者が見ている世界は自分とは違うように思う。この少女は単に幼いからコミュニケーションが難しいというのもあろうが、それに近い雰囲気も感じるのだ。
ハンケ司教などはわかりやすい。あれは権力や地位を求める俗物である。それに従う自分もその範疇であるが。
「使い魔か……」
「いままでのせーじょさまはつかいまつれてないの?」
「神使や神獣といった生き物を連れていたことも多いが……」
黄金の鳥やら純白の獅子などというのを従えた聖女という伝承はある。
「あはは、ゴラピーはしんじゅーだって!」
「ピキー!」
ゴラピーは響きが気に入ったのか籠の中でぴょんぴょんと跳ねる。
少なくとも獣ではないのだから神使であろうとミウリーは思う。
「ではマメーよ。聖女については学んだな?」
「あい、ほーじょーか、ちゆか、じょーか」
豊穣か治癒か浄化である。師匠から聞いていたこともあるし、この神殿でもそれについて改めて説明されている。
「お主は何ができる」
「ほーじょー!」
マメーは自信ありげに答えた。ミウリーはさもありなんと頷く。ゴラピーが植物であるからだ。
「魔女のところで師事していたのだろう。何を学んだ」
「マメーはまだみならいの、におふぁいとなったばっかりなの。だからまだまじゅちゅはほとんどおそわってないんだけど」
「ふむ」
まあこの幼さを思えば当然だろう。
「やくそーのせわとかはしてたのね。マメーのそだてるやくそうは、いっとうできがいいってほめられてたんだよ!」
「緑の手か」
ミウリーはそう言いながら少し渋い表情を見せた。
緑の手とは植物を育てるのに優れた才を示す者に与えられる称号のようなものである。そしてこれらの才は貴重ではあるが、どうしても植物を育てるというと結果が出るまでには時間のかかるものだ。
平たく言えば、植物系魔術や豊穣の聖女は、その価値に反して割と地味なのである。
ハンケ司教は神殿内での権力闘争において聖女を手にしたいと考えている様子だが、例えば治癒のようにもっと誰から見てもわかりやすいものを求めているだろう。
「まあ良い、では実際に使ってみよ」
「しょくぶちゅはー?」
「神殿の庭園に……いや、人目につくな。併設の孤児院の裏手に菜園がある。そこに向かう」
「あい!」
マメーは目を輝かせた。
もちろん、使える魔術などの手の内は隠していたいのだが、マメーは魔術が好きで、魔術が使えるのは数日ぶりなのだ。
……そして一刻後。
「なんなのだそれはっ!」
ミウリー司祭の叫び声が畑に響くことになるのだった。








