第164話:ないよ……でございますことよ?
「本日は午後より聖堂にてミウリー司祭とご面談の予定がございます」
「あい」
朝食の最中、ナンディアがそうマメーに告げ、マメーはパンをもぐもぐしながら頷いた。
ミウリーとは赤いゴラピーと会う時など顔を合わせているが、こういった形で呼び出されるのは初めてである。当然攫ってくるだけが目的ではないのだから、なんかやらされるのかなーとマメーは思った。
午前中は神殿の経典を読まされ、礼儀作法の勉強もしてから、マメーは人払いされてひとけのない神殿の聖堂に連れて行かれる。伏目がちにしずしずと中央へと進めば、奥の祭壇には白の法衣を纏ったミウリー司祭がいた。
マメーは身体の前で聖印を手で描いてから、手を胸の前で組んで腰を折る、神殿の修道女式の礼をした。この数日で教えられていた礼儀作法である。そして挨拶の口上を述べるのだった。
「ばんちょーたるいだいなかみをほーするしんでんがしさい、ミウリーさまにせーじょみならいたるマメーがごあいさつもーしあげます」
めっちゃ棒読みであった。しかも間違えている。
「うむ、挨拶感謝する。直るが良い」
マメーはぴょんと頭を上げた。お辞儀の所作は悪くなかったが、頭を上げるのに元気が良さすぎる。まあ、教養もない田舎娘なので、めくじらを立てることもない。ゆっくり矯正させれば良いとミウリーは思う。
「だが間違えておるな。万物の長たる、だ。繰り返すが良い」
「ばんちょーたる」
「略すでない」
「りゃくすでない」
マメーの背後に控えているナンディアが思わず吹き出した。ミウリーはそちらをじろりと睨み、ナンディアは慌てて口元を隠す。
「万物の長たる、だ」
「ばんぶつのちょーたる」
「……まあ良いか」
発音が変なのが気になるが、それもおいおいだ。
「して、マメーよ」
「あい」
「今日呼び出したのは他でもない。汝の聖女たる資質を見せるが良い」
「んー?」
マメーはこてんと首を傾げた。
「マメーはマメーのことをせーじょとはおもってないけど、せーじょのししつってなーに? ……でございませうか?」
「枢機卿猊下が汝を聖女であると仰ったのだ。その力である」
なるほど、その『すーききょーげーか』なる人の発言で、こうして連れてこられたのかとマメーは考える。だがそれはそれとして……。
「マメー、すーききょーげーかにあったことないよ? ……でございますことよ?」
「うむ、だがサポロニアン王都の神殿にてそう仰ったのだ」
んー……、とマメーはしばし首を捻り、はっと気がついた。
「ゴラピー!」
「ピキー!
祭壇の裏から赤いゴラピーの声がした。
マメーはとてとてとそちらに駆け寄ると、籠の中に入れられたゴラピーを見つける。うんしょ、と籠を持ち上げて、とてとてミウリー司祭の前に戻ってきた。
「はい、これ」
「ぬ……汝の使い魔がどうした」
「そのすーききょーげーかは、ゴラピーをみてマメーをせーじょっていったはずだから、ゴラピーがせーじょのししつだよ。……でごじゃいましゅよ?」
ミウリーは、はぁとため息をつき、どかりと椅子に腰を下ろす。
「普通に話すが良い。なぜこの使い魔が聖女の資質なのだ?」
「なんですーききょーげーかがそういったかはしらないよ。でも、ゴラピーをいっぴきルナちゃ……ルナおーじょでんかにわたしてるから、それをみてそのひとがそういったのだとおもうよ」
ミウリーはマメーの持つ籠を受け取って持ち上げ、赤いゴラピーにうろんげな視線を向ける。
「ピキ?」
「これを王女殿下に……?」
「ん」
王宮でルナ王女の呪いを解いた話がなされた可能性もあるが、それは師匠が〈誓約〉の魔術で口外を禁じているから、おそらくそれとは関係ないとマメーは考える。だが、ミウリーにそこまで伝えはしない。
「どうしてこれを献上したのだ」
「ルナおーじょでんか、ゴラピーのこときにいってたの」
マメーはミウリーの言葉に素直に答える。〈隷属〉の魔術をかけられるわけにはいかないので、捕えられてからずっと協力的な態度を示している。
そして嘘もつかない。師匠の教えには『高位の魔術師や魔女と話す時に嘘をつくべきじゃないねぇ』というのがあった。これは、相手が〈嘘感知〉の魔術を使っている可能性があることを想定している。実際、師匠の森の家の入り口には、嘘や悪意に反応する水晶の魔道具が置かれているのだ。
だが、嘘はつかないが真実を語る必要はない。ルナ王女がゴラピーを気に入っていたのは本当のことだが、ゴラピーをあげた真相は、彼女の魔力をゴラピーに吸収させるためである。
「そんな王女殿下が気にいるような生き物には見えないがな……」
「ピキー! ピキー!」
籠の中でゴラピーがぷんぷんと抗議の声を上げた。
うむむ、と唸ってミウリーは懐から黄金の短杖を取り出すと、その先端をゴラピーに向けた。
「〈鑑定〉!」








