第163話:つかまってからすうじつたちました。
マメーは師匠に拾われたあの日以来、ずっとパンケーキが大好きだった。
「あんた何か食いたいのはあるかい?」
「ぱんけー! ぱんけー!」
師匠に問われれば、ずっとそう答えていたように思う。ある日、師匠はそれにため息をついたのだった。
「あんたね、ありゃあ別にそんなたいしたもんじゃないんだよ? 病人食みたいなもんさ。柔らかくて食いやすいものを出したに過ぎないんだ」
「ぱんけー、おいしー! すごい!」
痩せこけ倒れていた幼女では、普通の食べ物では胃が受け付けないと考えて作っただけのものだ。バターだって使っていない。
師匠はそう言うが、マメーはぶんぶんと首を振って否定する。だって彼女は『あたたかくてやわらかくてやさしいモノ』なんて、記憶に残っている限りではあの時初めて食べたのだから。
「馬鹿だねえ、あんなのはちょろっと甘みつけただけじゃないか。凄いってーのはもっとバニラで豊かな香りをつけたり、甘みだってメープルの木の蜜とかさ。そこにベリーの酸味をアクセントに加えたっていいし、温かいのの上に冷たいアイスを載せるのだって……」
師匠の目の前で、マメーがたらーとよだれを垂らしていた。
「……食ってみるか」
「うん!」
こうして一刻後には、マメーの好物はパンケーキから『師匠の凄いパンケーキ』になったのである。
「……んにゃ」
ふかふかの布団の中で、マメーはパチリと目を覚ました。
「……ゆめ」
くしくしと目をこすりながらマメーは身を起こす。
「ししょーのぱんけーきたべたい……」
そういえばサポロニアンのお城から戻った後に、師匠の凄いパンケーキを食べてない気がする。
「ルナちゃんもたべてない」
彼女もお城で師匠のすごいパンケーキ食べたいと言っていたのに、結局一緒に食べる機会はなかったなあと思う。次に会った時に師匠におねだりしてみよう、そうしよう。その時はウニーちゃんも一緒だともっと良い。マメーはそう考えた。
「みんなどーしてるかなー」
マメーはそっと音を立てないように気をつけて、ベッドと壁の間の隙間に手を入れる。マメーは起きるのが早いが、神殿の修道女たちも起きるのが早いのである。
「……ゴラピー」
マメーはそっと呼びかけて眠っている二匹のゴラピーを拾い上げた。彼らは動かず、こうしているとまるで木の人形のようだ。マメーは二匹を抱きかかえると、布団の中でゆっくりと瞑想をして魔力を循環させる。
「せかいにあまねくそんざいするまな、それをとりこみうちなるまりょくに……」
マメーは魔導書の一節を誦んじる。意味はよく分かっていないが、呼吸とともに魔力を身体に蓄えていくイメージだ。それを身体の隅々まで送り、そしてゴラピーたちにも渡していく。
そしてさらに魔力を集めては今度はゆっくりと放出、世界に還元していくのだ。これが魔女たちの瞑想であり祈りの形でもあった。
「ピ」
「ピュ」
黄色と青のゴラピーたちが目を覚まし、マメーの腕の中でもぞもぞと動いた。
「おはよ」
マメーが小さく声を出せば、ゴラピーたちもこくこくと頷いた。
マメーはゴラピーのちっちゃな身体をそっと撫でる。彼らはくすぐったそうに身をよじった。魔力はあげられているし、水もベッドサイドに水差しが置いてあることもあるって十分にあげられているから元気である。
だが、ずっと部屋の中にいるので光量が不足しているのと、やはり土の中で眠れていないのが問題である。少し、葉がかさついているようにマメーは感じた。このままだと葉っぱがしおれてきてしまうだろう。
「もうちょっとがまんしてね」
「ピ」
「ピュ」
「がんばろーね」
そう言って、マメーは二匹をきゅっと抱きしめると、彼らもマメーにぎゅうぎゅうと抱きついてくる。
しばらくそうした後、水差しから水をやって、彼らを再びベッドの下に戻した。そして起き上がる。わざとちょっと物音を立てれば、すぐに扉がノックされる。
「はーい」
「おはようございます」
「おはよー」
修道女のナンディアが入ってきて、部屋の窓を開けた。格子に区切られた朝日が部屋を照らす。
「よく眠れましたか?」
「ん」
マメーはうんと伸びをする。マメーが捕まってから数日が経過していた。
捕まった日、ゴラピーたちがミウリー司祭の部屋に侵入して、その司祭よりも偉そうな者が、従わねば〈隷属〉の魔術を使えば良いと言っていたという話を聞いているのだ。ゴラピーたちの素晴らしい諜報活動であった。
だからマメーは大人しく、いい子のフリをしているのである。
ナンディアやミウリーの言うことにはいはいと従っていた。
そうしていると、この神殿というのは。
「わりとかいてき……」
「何か仰いましたか?」
「ううんー」
そう、食事の用意やお風呂から何から大人たちがやってくれるのである。聖女候補と言われても特別な労働を課される訳でもない。赤いゴラピーには約束通り一日一回会わせてくれて、そこで魔力など渡すことができている。
存外、快適な暮らしなのだった。
「きょーはなにするのー?」
「今日も神様についてと礼儀作法のお勉強ですよ」
「はーい」
ただし、つまらない。
魔女になりたいマメーにとって、それらの勉強は何の価値もないものであった。








