第162話:グラニッピナ師匠の狼藉です!
箒は滑るように空を飛ぶ。グラニッピナのローブを掴んでウニーは思う。このくらいの安定性で師匠も飛んでくれれば良いのになあと。
眼下の街道には家財を積んだ台車や家畜を引き連れた村人たちの姿が見える。逃げ出したエベッツィー村の者たちだった。
「あの人たちはどうなるんでしょう」
「さてねえ」
ウニーがぽそりと発した言葉に返答があったことにウニーは驚く。師匠の飛行であれば、こんな声は風にかき消されて聞こえないからだ。
「ま、碌な目には合わんだろ。冬じゃないからすぐ死ぬようなことはないだろうが、あれだけの人数を一つの村じゃ受け入れられん」
隣りの村では武器を持った者が塀に集まっているのが見えた。エベッツィー村の者たちが近づいてくるのを警戒しているのだ。
マメーを売ったことによる金はあるだろうが、それが安住できることを意味するわけではない。マメーの家族であった村長一家だけならどうとでもなるだろうが、それで村人を見捨てる訳にもいかないのだ。なぜなら彼らは村を捨てるせいになった村長を恨んでいるはずだからである。これで見捨てるとなったら間違いなく村民たちの手で殺されるだろう。
彼らの幾人かはこの村に留まり、そして幾人かは先へ進まねばならない。こうして彼らは離散していくことになるのだ。
「グラニッピナ師匠」
「何さね」
「〈滅び〉ってどんな魔術なんですか?」
師匠はくかか、と笑った。
「協会長だって殺せちゃう?」
「何回かはね。ま、いずれ見せてやることもあるかもしれんが、あんたにゃまだ早い」
はぁい、とウニーは答えて景色に視線をやった。グラニッピナ師匠の箒は挙動が安定しているから気づきづらいが、それでもすごく速い。確かに師匠よりは遅いのだろうけど……。
このあたりを統べる領都、たしかツヴェークという町がもう目の前だ。城門で出入りを待つこともなく、城壁を一っ飛びして町の中でも一、二の大きさを誇る神殿の上、高度50mくらいのところに止まる。
「入市の許可は……?」
「面倒さね」
当然ながら町に入るのには許可がいるのであって、魔女とてそれは例外ではない。前回サポロニアンに行った時はルイスがあらかじめ許可を取っていたからあんなことをしなかったが、今のグラニッピナは堂々と不法行為をしているのだ。
つまり、グラニッピナ師匠は冷静に見えるけど、実はめっちゃおこであり、焦ってもいるのだとウニーは考える。
「どうされるんですか?」
「こうするのさ」
グラニッピナは懐から小さな瓶を取り出すと、神殿の扉の前に落とす。この距離からは聞こえないが、ぱりんと小さな音と共に割れた気がした。
そして一瞬の間の後、それは轟音と閃光を伴って爆発を引き起こした。
「うひゃあ!」
グラニッピナ師匠、やっぱり師匠の姉弟子って感じじゃん! ウニーは暴風に煽られ、グラニッピナのローブにしがみつきながら思った。
壮麗な神殿の門は焼けこげ倒れ、師匠はその隙間に箒を滑らせて聖堂の中に入り、箒から降りる。
「〈昏睡〉」
そして出会う人間を片っ端から昏倒させながら奥へと進むのだった。まるで内部構造を知っているかのように迷わぬ足取りですたすた進み、ウニーはその後ろをとてとてとついていく。
師匠の向かう先は宝物庫であり、だがそこにある煌びやかな財宝には目もくれずに、さらに奥の小部屋へと入っていった。そこには無数の書物が並んでいる。
「この本が戸籍なんですか?」
「ああ、そうさ。神殿が使う秘術の媒体だからね。厳重に管理されてるのさ」
そう言って師匠は無造作に本を抜き出した。
「んじゃあたしはこれを壊してるからちょっと待ってな」
師匠の手が本を撫でると、そこから黒が染み出してくる。インクだ。今、書物の中の文字が消えていっているのだろう。
「そ、それは!」
「やめろ!」
声が響いた。
司祭たちだろうか。男たちが慌てて宝物庫を横切り、こちらに近づいてくる。ウニーは腰から杖を抜いて彼らに向けた。
「〈闇の顎〉よ!」
ウニーの影が音もなく、にゅっと伸びた。
それは地面の上から宙へと踊り出し、鋭い牙を持つ獣の口のように変形する。男たちが悲鳴を上げた。獣の口は飛びかかると、男たちの顔を飲み込んでいった。
師匠は本を次から次へと取り出しながら、ウニーを見て感心したような声を出す。
「へえ、あんた面白い魔術を使ったね。〈闇纏わせ〉のアレンジかい?」
〈闇纏わせ〉は相手の顔に闇を被せて視覚を奪う魔術である。実際、男たちには一切のダメージはない。ただ、目のあたりに闇が纏わりついて前が見えないだけである。男たちは宝物の棚や互いにぶつかり、床に転倒した。
「あ、はい!」
「闇を動物の形にしたわけだ。ふぅん」
「えっと、あの、良くないでしょうか?」
「いや? 魔術に特定の形を持たせるのは一長一短で、少なくとも悪いってことはないさ。あんたにゃそれが使いやすいってなら、それで良いさね。精進しな」
魔術を生き物や武器など道具の形にするというのは、術者のイメージがしやすく魔術が強固になるという長所がある。一方で、形を与えるということは魔術の動きが制限されやすいという欠点もあるのだ。例えば今のウニーの魔術であれば、飛びかかったり噛むという形でしか魔術が発動できないということである。
「はいっ」
ウニーが答え、師匠は本を置いた。
「よし、終わりさね。次行くよ」
「あ、はい!」
視界の奪われた男たちを残して、二人は部屋から出ていった。神殿騎士や町の警邏たちが駆けつけた時には、二人はもう空にいる。電撃的な奇襲と言えた。
師匠の背でウニーは呟く。
「はぁ……、マメーちゃんどうしているかな……」
一方マメーは……。








