第156話:おいのりしてからねむります。
食事を進めながらマメーはナンディアに言った。
「こんなにたべられないかんじ」
マメーにとって、この食事はかなり量が多かった。聖女として歓迎しているという意図を込めたのかもしれないし、そもそもマメーの年齢や体格などを料理人が知らないというのもあるだろう。
「残していただいてかまわないのですよ」
「ん、つぎはもっとすくなくていーよ。ごちそーさま」
「料理人にはそう伝えておきます。お味はいかがでしたか?」
「おいしかったよー」
「それは良うございました」
そう言いながら、ナンディアは食器を下げていく。
廊下に別の使用人か修道士なのかがいて、それに食器を渡しているようだった。ふむ、とマメーは考える。神殿の建物は大きく立派だったし、たくさん人がいるのは間違いない。でもマメーと話しているのは今のところこのナンディアだけである。
マメーはこの状態に似たものに心当たりがある。ルナ王女に角が生えていた時、側付きの使用人はハンナとクーヤの二人のみを置いていた。
あれは、ルナ王女が呪われていることを秘密にするためであり、つまりマメーがここにいるのは秘密なのだろうと考えた。
マメーが、あるいは聖女がここにいるという話が広まってしまえば、怒った師匠がここに来るだろう。それはミウリーにとって困るに違いない。
「ぷんぷんししょー」
「何かおっしゃいましたか?」
「なんでもなーい」
マメーはそう言って立ち上がると、部屋の中をとことこ歩き始めた。窓は開かないし、暖炉だって格子で覆われているし、扉の前にはナンディアがいて、その向こうにも警備がいるのは間違いない。当然ながら逃げられそうな場所はない。
部屋をぐるりと一周してマメーはナンディアに尋ねた。
「ゴラピーとはあえる?」
「ミウリー司祭がお連れしていた生き物でしょうか」
「ん。まいにちあわせるってやくそくしてるの」
「では明日、会えるのではないでしょうか。本日、司祭様はご多忙なので」
ぬうん、とマメーは唸る。まあ、もう夜であるし、一日で魔力がどうこうという訳ではないとゴラピーも言っていたが。
「まじゅちゅのべんきょーしたいなー」
「申し訳ありませんが、それは私の一存ではなんとも……」
ここには薬草畑もなければ、遊び相手もいない。これで魔術の勉強もできなければ何をしていろというのだ。とマメーは思う。
「じゃあなにしてればいいのー?」
「本日はおやすみください。明日からは神殿の教えや、礼儀作法についてのお勉強があると伺っています」
マメーは顔をきゅっとしかめ、しょんもりと肩を落とした。彼女にとってあまり興味が惹かれるような内容ではなさそうだ。
「……ねましゅ」
「はい、就寝のご用意をいたしますね」
さすがにまだ時間は早いが、やることがないなら仕方ないのである。歯を磨いたり、寝巻きに着替えたりしてベッドに入った。
ナンディアはおやすみの挨拶をして寝室から出ていったが、扉の向こうから光が漏れている。そちらで待機しているのだろう。
マメーは一度もぐった布団の中から起き出して、ベッドの上に座って足を組んだ。
「めーそーでもしよっと」
瞑想である。古今東西、どの魔術師も訓練の一環として行うものだ。意識と魔力を鎮め、その魔力を体内で増幅したり循環させるというのが主な目的である。
ちなみにマメーはいろんなことを考えたり寝ちゃったりと集中できなくて苦手だが、魔導書もないのでは仕方ない。他にできることもないのだ。
「むむむむむー……」
マメーは小さく唸りながら、すーっ、はーっ、と息を整えて意識を鎮めようとする。だが、しばらく時間をかけても、ジョンに腕を掴まれたりしたことやミウリーの顔が浮かんだりして、なかなか集中できなかった。
「ピー?」
そんなことをしていると、ベッドの下から小さく鳴き声が聞こえた。
マメーはがばりとベッドに寝転がって、ベッドの裏を覗き込む。
「ゴラピー!?」
ピーピューと返事がある。二匹は無事偵察から帰ってきたのだ。マメーがベッドと壁の隙間に手を入れると、ゴラピーたちはそれに捕まってベッドの上に登る。そしてゴラピーたちはピーピューと見聞きしたものを報告した。
「ゴラピーすごいねえ。ありがとね」
ふふん、とゴラピーたちは胸を張った。マメーが手に魔力を込めると、ゴラピーたちはそれに身を寄せる。
「ミウリーにめーれーしたもっとわるいのがいるのね。〈れーぞく〉とかされたらこまっちゃう」
「ピ」
「ピュ」
マメーも〈隷属〉なんて聞いて驚いたのである。
師匠から精神操作系の魔術はだいたい禁呪だよと聞いている。その中でも〈魅了〉とか〈隷属〉はちょーやばいと聞いているのだ。
「とりあえずはおとなしくして、あいてのゆーこときいたふりしてないとね」
ゴラピーたちもうんうんと頷いた。言うことを聞かないなら〈隷属〉の魔術を使うというなら、とりあえず言うことをはいはいと聞いていればいいのである。
「さて、じゃーねようかな。そのまえに……」
マメーはぱんと手を合わせる。
師匠は言っていた。祈りもまた魔術の一形態であると。神殿の司祭たちが魔術を使えるのもそれ故に他ならない。しかもマメーは魔女なのである。魔女は感情、強い思いを魔力に変えられるのだ。
「ししょーとあえますよーに、ゴラピーがぶじでありますよーに」
マメーは魔力を放出しながらそう念じる。
「ピー」
「ピュー」
ゴラピーたちもマメーがするように祈り、そして眠りに落ちたのだった。
一方、師匠は……。








