第155話:ゴラピーは見た!
頭上にチーズのかけらを掲げて黄色いゴラピーはてちてち歩く。
「ピッピッピー」
「ちゅー」
その横をねずみがとことこ歩いている。
その後ろ、パンのかけらを掲げた青いゴラピーがてちてち歩く。
「ピュピュー」
「ちゅー」
彼らはベッドの下を壁際に向かうと、板にあいた小さな穴をくぐった。おそらくはねずみが齧って広げたものであろうそこから壁と壁の間の空間に入り、暗く狭い隙間をねずみの先導でてちてち進んでいくのだ。
ときおり、光が漏れているのは他の部屋へと繋がる穴である。
「ピ?」
「ピュー」
ここかな? と黄色いのが問えば、青いのは多分もっと先と答える。
ゴラピーたちは離れていても互いの居場所や状態がなんとなくわかるのだ。以前、青いのがかえるに食べられかけた時も、赤いのはすぐに駆けつけたし、黄色いのはすぐにマメーに助けを求めに行ったように。
「ちゅー」
ある光の漏れる穴の前でねずみが足を止めた。ゴラピーたちも頷きあう。どうやら目的地はここのようだ。
「ピ」
「ピュ」
ゴラピーたちはチーズとパンをその場に置いた。
「ちゅー」
ねずみはチーズに齧り付いた。
物陰から他のねずみたちも近づいてくる。このねずみの仲間か家族だろうか。
ゴラピーはピーピューと鳴きながら彼らに手を振ると、穴の中に飛び込んでいった。
「ピ?」
「ピュ?」
暗いところから明るいところにでた眩しさに目をぱちぱちさせながら出ていけば、部屋の構造はマメーのいる部屋とよく似ていたが、内装はもっと金ぴかで豪華であるようだ。
人の気配はないが物陰を選んで進んでいけば、頭上から聞き慣れた声が聞こえる。
「ピキー!」
赤いのの鳴き声だった。彼は部屋の机の上に設置された金属製の鳥籠の中に閉じ込められていた。その檻に捕まりながら、黄色いのと青いのを見下ろしてぶんぶんと手を振っているのである。
ピーピューと手を振りかえして、黄色と青のゴラピーは机の脚に取り付くと、片手を蔦に変化させてするすると机の上へと登っていく。
普段は机の上に登るのにマメーに持ち上げてもらっているが、魔力を使うのならこういうこともできるのだ。
「ピー!」
「ピキー!」
黄色いのと赤いのは檻ごしに抱き合った。
「ピー?」
出られないの? と青いのが尋ねる。赤いのが視線を向けると、その先には錠前があった。檻の出入り口には鍵がかけられていたのだ。
「ピキキー」
赤いのは檻に手をかけて引っ張りながら鳴く。ミウリーがこの部屋を離れるときに、魔法をかけて檻を丈夫にしていったと言うのだ。
「ピー」
「ピュー」
黄色いのと青いのも逆に檻を引っ張ってみるが、びくともしない。すぐに脱出というのは困難な様子であった。三匹がどうしようとピキピーピューと話し合っていると、部屋の扉の方から音がした。鍵が開けられる音と、扉の向こうの人の話し声である。
「ピッ!?」
「ピュッ!?」
ゴラピーたちは顔を見合わせると、ひょいと鳥籠の裏に回った。赤いのは手でバツを作る。鳥籠なので視線が素通しである。そこでは隠れられないのだ。
「ピー!」
黄色いのが青いのを抱えて蔦を上へと伸ばした。そしてするすると昇っていく。
「ピキー」
赤いのが見上げる先で、彼らは別の棚の上に飾られていた花瓶の中へと飛び込んでいった。
生けられているのは色鮮やかなプルメリアの花である。
「ピ!」
「ピュ!」
ぽん、という音と共に彼らの頭上に花が咲いた。黄色と青のプルメリアの花である。
花の名を知っている訳ではないが、黄色と青のゴラピーは周囲と似たような花を咲かせて、その中に隠れたのだった。
「ピキー……」
赤いのが安堵のため息をつく。
そしてちょうど彼らが隠れてすぐに部屋の扉が開いて、二人の男が部屋に入ってきたのだった。
どちらも煌びやかに飾られた純白の法衣に身を包んでいて、一人は壮年の男、ミウリーである。そしてもう一人は老人で、ミウリーよりもさらにきらきらとた法衣を身に纏っていた。
その後から入ってきた修道女が彼らに茶を供すると、ミウリーは彼女を下がらせる。人払いをしたのであった。
「聖女を手にしたとか。ご苦労だったな、ミウリーよ」
「これも偉大なる神の導きにございます。そしてハンケ司教猊下の御威光あってのことでございます」
ミウリーは偉そうにしていたが、このハンケしきょーげーかなる人物は、それよりももっと偉そうだ。とゴラピーたちは思った。
ゴラピーたちには分かりようもないが、司教は司祭よりも上の地位である。そしてハンケはサポロニアンの王都聖堂の司教であった。
ハンケ司教は言う。
「よくぞ聖女候補を神殿へと招いた」
「ええ」
「そしてその姉もここにいるとな。素晴らしい成果ではないか」
「ありがたき幸せ」
ミウリーは胸の前で聖印を結ぶ。
無論、招いたとは建前であり、〈血縁転移〉を使ってマメーを拉致したことと、逃げ出してもまた追えるようにしているということを指しているのである。
「しかし彼女は魔女の弟子であり、ずいぶんと師を慕っている様子でした。また師も彼女を手放すつもりはない様子」
「であろうな」
「どうなさるおつもりで?」
ミウリー司祭はハンケ司教に問うた。
「神殿の、神に仕える素晴らしさをその娘に知って貰えば良い」
「その通りです。ですが、無知蒙昧なる少女にその素晴らしさを伝えるには時間がかかるのでは?」
それに司教はこともなげにこう返す。
「それなら〈隷属〉の奇跡を使えば良かろう」
それは禁忌である精神支配の魔術の名であった。








