第152話:おっふろー、おっふろー。
マメーの世話役となった修道女ナンディアであるが、彼女に与えられた任務は第一にマメーの監視・観察、そしてその報告である。
彼女自身が体術や魔術に長けているわけではないので、マメーが逃げ出そうとした時に取り押さえろとまでは言われていない。ただ、緊急時に報告を入れるための魔道具は渡されている。
「お風呂の用意ができましたよ」
「はーい」
ナンディアがそう言うと、マメーは風呂場に来て、自発的にさっさと服を脱ぎ始めた。
特に恥じらう様子などないのは、もちろん幼さによるものでもあるだろうが、彼女には風呂に入る習慣があるためでもある。そうナンディアは判断した。
これはナンディアにとって意外なことである。彼女はマメーを、辺境の森に住む魔女の弟子が聖女候補として王都に召喚されているので、ここに滞在している間、世話と監視をせよとだけ聞かされているのである。
辺境の田舎にこういった風呂など普通存在しない。だがマメーはこういった風呂に入った経験があるということだ。
「ここにふくいれていいー?」
「ええ、どうぞ」
マメーは浴室の手前にある籠に脱いだ服を置いていくと、すっぽんぽんで浴室に向かった。
まだ幼く、つるーん、すとーんと女性らしさはない体つきである。少し痩せていて小柄なのは貧民にありがちであり、彼女も孤児院の子供たちがこうであるのを良く知っている。
「……きれい」
「ん?」
ナンディアは思わず呟き、マメーが振り返る。ナンディアは慌てて首を振った。
「いえ、なんでもありません」
だが孤児院の子とも、農村の子とも明らかに違うことがある。マメーの手や身体に傷や汚れが一つもないことだ。
顔や手は健康的に日焼けしているが、服の下からあらわれた肌は、羨むほどに白く肌理こまやかであった。つまり、貴族の子にも平民にも見えず困惑したのである。
マメーはとっとと浴室に向かうと、感嘆の声をあげた。
「わ、おふろがつるつるしてる! おしろみたい!」
エナメルのバスタブである。白くつやつやと輝く浴槽は縁が青く染められ、側面には複雑な模様が描かれていた。マメーはその縁に手を置き、よいちょとバスタブを乗り越えて中に入る。
ナンディアが問いかけた。
「まあまあ、マメーはお城のお風呂を見たことがあるのですか?」
「あるよー」
「えっ」
ざばー。
マメーはそう答えながら頭からお湯を被った。
「うひゃー」
奇妙な声をあげて、気持ちよさそうに緑色の髪をぷるぷると振る。
「えっと、あの、お城とは」
「サポロニアンのおしろー」
ナンディアは驚いたが、言われてみれば当然なのかもしれない。王都に行ったことがあるからこそ、そこで聖女候補と見出されたということだ。
マメーは浴槽の中で何度かお湯を被る。
「お城では何をされていたのですか?」
「ルナちゃ……」
マメーははっと気づく。ルナちゃんの頭に鹿さんの角が生えたのは秘密だったんだと。
「こーどなゆーどーじんもん……」
「何ですか?」
もちろん誘導尋問でも何でもないが。マメーは石鹸を手にとって泡立てながら答える。
「えっとねー、ししょーのおてつだいしたの!」
「師匠とはマメーさんの魔術の師匠ですか」
「そ、おくすりとかつくるのじょーずなのよ」
「まあ、それは素晴らしいですね」
「えへへー」
マメーは師匠を褒められて気分良く笑みを浮かべたが、その動きがぴたりと止まった。
「むむう」
「どうしましたか?」
「あわあわ、いまいち……」
マメーは石鹸を持って神妙な顔をしていた。
「それは失礼しました。交換いたしましょうか?」
「だいじょぶ」
そう言ってマメーは再び石鹸を泡立て始めた。
この部屋に用意されているのは一流の品々ばかりである。石鹸だってこれ一つで庶民の一月分の稼ぎが飛ぶようなものだ。練り込まれた精油からバラの香りがふわりと広がる。もちろんナンディアだって使ったことはない。
だが、マメーが森の小屋で使っている石鹸は師匠のお手製である。それも美容にうるさいブリギットら、他の魔女たちに開発させられたものだ。マメーの肌の艶やかさは、もちろん若さがその主な理由であるにしても、その石鹸などの効果もあるのだった。
「あわあわいぇー、あわあわあわいぇー」
マメーは即興で変な調子の歌を歌いながら、身体をもこもこにしていく。
風呂に不慣れであればと介助するつもりであったナンディアは、特に問題なさそうなので一旦その場を離れることにした。
「マメーさん、お着替えを準備してきますね」
「あいー」
「着ていらしたのはお洗濯に出してしまってよいでしょうか?」
「んー? あ、ローブはダメ」
「茶色の?」
「うん」
マメーがいつも着ている茶色のフードつき外套である。
しばらく逗留するのであれば、それを着る必要はないだろうから洗濯してしまえばとナンディアは思い、その旨を伝えたが、マメーはぷるぷると首を横に振った。魔女のローブとは特別なのだ。
「ダメ」
「左様ですか、かしこまりました」
ナンディアは特に食い下がることなく、頭を下げてから浴室を出ようとして踵を返した。そこにマメーの声がかかる。
「ししょーいってた」
「はぁ」
「あれいっちゃくで、りっぱなおやしきがたつから、ひとにあずけたりしちゃダメって」
ナンディアは思わず足を滑らせて、浴室のタイルに尻餅をついた。








