第151話:しんでんのせーどーもりっぱです。
マメーにどこにいるかという情報を与えないよう、彼女たちの乗る馬車の窓は閉ざされていた。さらには馬車に〈防音〉の魔術も付与されているため、周囲の音もほとんど聞こえない。
ただ、馬の速度が落ちたり周囲の人の気配から、街道から町に入ったことなどはわかるという程度であった。
だからマメーとドロテアが馬車から降ろされた時、目の前にこんな立派な聖堂が聳え立っているとは思ってもいなかった。
「ほえー」
「ほえー」
マメーとドロテアは神殿の高い塔を見上げて驚き、圧倒されたのだ。ぽかんと口を開けて感嘆の声を漏らす。それは彼女たちがミウリー司祭や、迎えに出てきた修道女たちに促されて聖堂の中に入っても続いた。
「ほえー」
「ほえー」
高い高い天井。塀や壁は純白で、それがステンドグラス越しの光に色鮮やかに染め上げられていた。神の使徒や聖女たちの精緻な像や美しき絵画が並んでいる。
上を見上げて口を開けている二人だったが、ドロテアがはっと、口を閉じてマメーを肘でつついた。
「ちょっと、エミリア。田舎者丸出しだからやめてくれる?」
マメーはドロテアの方を向く。
「エベッツィーはいなかだよ?」
「それはそうだけど……バカっぽいっていってるの!」
エベッツィー村は王国の外れ、辺境に位置しているのはマメーもドロテアもわかっているのだ。
「ねーちゃもおくちあけてたのに」
「私のが早く閉じたわよ!」
マメーたちの隣に立つ修道女たちがくすくすと笑う。
「だいたいエミリア、サポロニアンのお城行ってたんでしょう? なんで聖堂で驚いてるのよ」
「んー……おしろもすごかったし、おしろのがおっきいんだけど、きゅうにめのまえにあってびっくりしたから。あと、こっちのがしろい?」
グリフィンの背のうえで、上から見下ろしたサポロニアンの王城と、馬車から降りて目の前に聳え立っていた聖堂の違いでもあろう。そして建築の様式として、元は戦も考えられて建てられている城に比べて、この聖堂の方が優美であることは間違いなかった。
「素晴らしいであろう」
「はい」
「うーん、うん」
ミウリーの言葉にドロテアは頷き、マメーはちょっと首を捻ってから頷いた。ミウリーは悪いやつだが、建物が素晴らしいのは間違いない。
「では私は一度離れるが、マメーよ。逃げ出そうなどと思うのではないぞ」
「ピキー!」
ミウリーの手の内でゴラピーがじたばたしながらマメーに手を振った。
「ゴラピー、すぐあいにいくからね! ミウリー、だいじにしなきゃめーよ!」
「それは汝しだいだ、マメーよ」
そう言ってミウリーがさっさとどこかへ行ってしまうと、修道女たちがマメーとドロテアをそれぞれ別のところに案内する。
「マメーさん、こちらへ」
「ドロテアさんはこちらに」
ドロテアは一瞬不安げに視線を泳がせたが、マメーと視線が合うと、ぷいとそっぽを向いて修道女に着いて行った。
「ばいばい……いっちゃった」
マメーは彼女の隣にいる修道女を見上げる。
「えっと、マメーはマメー」
「私はナンディアと申します」
彼女はそう言って笑みを浮かべ、胸の前で手を組んで軽く頭を下げる神殿式の礼をとった。まだ二十歳前であろう年若い修道女である。おそらくはマメーが親しみやすいような女性を選んだのであろう。
「ナンディアさんどこいくのー?」
「マメーさんのお部屋にお連れします」
「あい」
マメーが通されたのは聖堂の奥にある司祭たちの生活する棟の奥にある、貴人用の部屋であった。
「こちらがマメーさんのお部屋になります。私もマメーさんのお世話をするので、隣の従者用の部屋に泊まらせていただきますね」
ちなみにこの部屋はナンディアの部屋の何十倍も広い。従者用の部屋ですら立派なもので、ナンディアは役得であると思っている。
「ふーん」
マメーは部屋の奥へと向かう。日当たりは良いが、窓ははめ殺しだ。ここまでくる廊下には神殿騎士が何人も立っていたし、逃げ出すのは難しいかなあと思う。そもそも赤いゴラピーは連れて行かれてしまったのだ。
しばらくは向こうの言う通りにしないといけないだろう。マメーは尋ねる。
「それで、なにすればいーの?」
「まずは旅の疲れを癒していただければと。お風呂を用意しますのでお入りください」
「おふろ!」
マメーはぴょんと飛び跳ねた。マメーはお風呂が割と好きなのだ。
その様子にふふふと笑みを浮かべ、ナンディアが浴室に向かった途端、マメーはさっと浴室から出てすぐに見えない場所、ベッドの陰に身を隠す。
「でておいで」
そして小さな声で呼びかけた。
ローブのフードから、もぞもぞもぞもぞと、二匹のゴラピーが這い出てきた。
「ピ」
「ピュ」
黄色いのと青いのは小さな声で返事をすると、ぴっと片手をあげた。
「ゴラピーたちはみつからないよう、このへやでかくれててね」
二匹はこくこくと頷く。
「おみずとかはなんとかするから……あ、まりょく」
マメーは意識を鎮め、両手に魔力を集めた。
「ピー」
「ピュー」
ゴラピーたちはマメーの手に身体を擦り付けるようにして魔力を吸っていく。さっき蔦を伸ばすのにも魔力を使っていたので、それを補充しているのだ。水から吸うほど効率は良くないようだが、こうやっていても少しは魔力が回復するようなのだ。
少しすると、ナンディアの声が聞こえてきた。
「マメーさん、準備できましたよー」
黄色いのと青いのはぱっとマメーの手から離れて、マメーに向けて手を振ると、てちてちとベッドの下に潜っていった。
マメーはさっと立ち上がってナンディアの方に向かう。
「わーいマメーおふろすきー」








