第149話:どこかにつれていかれてますー。
「ねーちゃ……しらないおねえちゃん」
マメーは言い直し、ドロテアはため息をついた。
「今更そんな言い方だけしてもしょうがないでしょ、エミリア」
マメーがジョン一家の末娘として生まれ、捨てられて魔女グラニッピナに育てられたということをミウリーも知っているのである。確かに知らないお姉ちゃんとマメーが言い張ったところで意味はないのかもしれなかった。
「……ん。でもエミリアじゃない。マメーはマメー」
「あっそ。でもあたしはエミリアって呼ぶけどね」
「ねーちゃはなんでここにいるの?」
ドロテアはちら、とミウリーに視線をやる。彼女が言って良いものか判断がつかなかったためである。ミウリーが馬車の座席に腰をおろして口を開いた。
「マメー、あるいはエミリアよ。汝を魔女のもとより連れ出したのは転移の秘術によるものだ」
マメーはこくりと頷く。師匠は転移系魔術の奥義の一つ、〈転移門〉の魔術を使う。銀の鍵を使うやつである。
ミウリー司祭が使ったのが、それとは違う〈瞬間転移〉の魔術の類であるのは理解している。お腹の辺りがまだぐるぐるしていてちょっと気持ち悪い。
マメーは絨毯の上でもぞもぞとお尻を動かし、壁に肩を預けた。
「てんいじゅつ、ちょーむずかしいのに……」
マメーはそう聞いている。それだって自分のみを転移させたり、視界内の近距離を移動したり、遠くにある物を手元に呼び寄せたりというくらいならまだ使い手はいる。ミウリーが今してみせたように、複数人を同時に、深い森を一気に超えるような遠距離にとなると極めて難しい。
魔術師でそれが使えれば、どの組織にいても一生食いっぱぐれることはないだろうし、魔女ですら使い手は限られる。例えばブリギットは魔術の才能が空と海なので、転移系統は全く使えないのだ。
「偉大なる神に賜りし神殿の秘術である。術者と魔術の対象を、その血縁者のところに移動させることができるのだ」
「だからあたしがここにいるってワケ」
ドロテアが続ける。
むむむ、とマメーは考える。
「てんいのいっかいめはかーちゃのとこにとんだ。にかいめはねーちゃのとこにとんだ。そういうこと?」
「うむ」
ミウリーとドロテアが頷いた。
一回目は父がマメーの身体に触れて父とマメーが母のところに移動した。おそらくはエベッツィー村かその付近だ。
「ここはどこ?」
ドロテアが答えようとし、ミウリーは手でそれを遮った。余計な情報を与えるのは危険であると思ったのだろう。
もちろん、師匠はマメーを追いかけようとしてくれているはずなのだから。
「……ししょー」
マメーは悲しげに呟いた。マメーのローブの中で小さな声でピキピーピューとマメーを励ますように鳴き声があがる。マメーは自分の肩をとんとんと叩いて、大丈夫だよという返事とした。
「おーとか、ミウリーのいたしんでんか、どっちかにむかってるんでしょ」
返事はなかったが、そのどちらかしかあり得ないことは分かる。
そう言えば父がマメーに触りにきたのは何故だろうと考え、師匠の防御の魔術を父に向けて発動させるためかと思い至った。血縁者が触っていた方が転移の魔術の効果が強いのかもしれないが、少なくともそれも理由の一つではあるだろう。
なぜなら父の腕は焼け、ミウリーは無傷であるのだから。
「……わるいやつだ」
マメーはジョンに対し父であるとの情はないが、それでもああして利用されていたのを見れば、哀れみを感じないわけでもない。
……いや。ぷるぷるとマメーは頭を振った。
「とーちゃはおかねでマメーをうった?」
「そうだ」
ミウリーは肯定した。マメーはふんすと息をついた。やっぱり父もダメである。
「じごーじとく」
ふん、とミウリーが鼻で笑い、ドロテアが首を傾げた。彼女は父を見ていないので当然の反応であるが。
「転移酔いも治ったはずだ。ちゃんと座るが良い。そこでは今度は馬車に酔うぞ」
ミウリーが指差す先にはクッションがたくさん積み上げられ、快適そうではある。マメーは警戒しながらゆっくりとした動きでその上に座った。
マメーが馬車の揺れにより、クッションの上でぽよぽよしながらミウリーに責めるような視線を向けていると、ミウリーははぁとため息をついた。
「聖女として招かれんとしているのに何が不満かはわからんな。拘束はしないが、逃げ出そうとしたりすれば待遇は悪くなるぞ」
ミウリーは神殿の司祭であるというが、れっきとした魔術師である。神殿では聖術と言ったりするが、本質的には同じだ。そしてかなりの実力者だ。少なくとも師匠たちを出し抜く程度には。
だからマメーも今ここで抵抗しようとは考えていない。こくりと頷いた。
それからしばらくは、からから、からからと車輪が回る音が響いていた。
窓がない、あるのかもしれないが閉じられていて周囲の景色はわからない。揺れがひどくはないから街道を進んでいるのだろうということくらいはわかるがそれくらいである。
ドロテアがぽつりと呟いた。
「エミリア、あんたに一つだけ感謝するわ」
「みゅ!?」
マメーは驚いた。黙っていようとしていたのを忘れて、思わず変な叫び声をあげてしまうくらい驚いた。
「あんたを連れ出すためとはいえ、あの村から出ることができたわ」
そう言って、ドロテアはぷいとそっぽを向いたのだった。








