第148話:つれられていっちゃいますー。
んにゃっ、とマメーは奇妙な悲鳴をあげた。
転移は空間を跳ぶ際に、馬車に揺られたかのように酔うことがある。それも転移すると知らされておらず、腕を掴まれたりしてバランスを崩していたタイミングである。
マメーは踏ん張れず、地面にこてんと転がった。ジョンもどさりと地面に倒れ、それと蔦で繋がっていたゴラピーたちもころころと地面に転がる。
「ピュゥ〜」
黄色いゴラピーは目を回す。
「ピュー?」
「ピキッ!」
青いゴラピーがどこだろうと疑問の声をあげ、赤いのが警戒を促すように鋭く鳴いた。
納屋かなにか、狭く清潔でない小屋の中にいるようだった。周囲の壁際には農耕具が寄せられ、真ん中だけ広くあけられているのがわかる。
おそらくはエベッツィー村かその付近の農地にある小屋なのではないかとマメーは思った。
そして周囲には多くの人がいた。彼らは突然現れたマメーたちを見て、おおっ、と感嘆の声を漏らす。人々には2種類いるようであった。一つはマメーの元家族たち。そしてもう一つはミウリー司祭の従者たちである。男たちがミウリーの元に駆け寄った。
「司祭様、こちらを! 聖水でございます!」
美しく装飾されたクリスタルが如き瓶に入った液体を、司祭は一息に飲み干した。魔女や魔術師たちの使う魔力ポーションとほぼ同じものである。
「うむ、ここまでは成功だ。悪辣な魔女より聖女候補たる少女を引き離すことができた」
「あくらつじゃないもん!」
ミウリーがそう言い、マメーは反駁する。
これは一種の建前である。そうであるということにして秘術を行使しているのだから。だからミウリーもマメーの言葉に対して、特に何も言葉を返すことはなかった。
「あんたっ!」
マメーの元母であり、ジョンの妻であるサリーの声であった。
一方のマメーの家族たちはジョンに駆け寄った。火はもう消えているが、彼の右手の袖は焼け焦げ、火傷に呻いているのである。
「あの魔女の攻撃を受けたのだ」
「違うよ!」
ミウリーはそう言い、マメーは否定しようと叫ぶ。
「とー……おじさんがいきなりマメーのうでをつかんだからじゃない!」
だが誰もその言葉を聞いてはくれないので、マメーはぷんすこしながら、ゴラピーたちを抱き上げた。
「おいで」
「ピッ」
彼らの伸びていた蔓がするすると縮んでいき、ゴラピーたちはマメーのローブの中に収まった。
サリーはミウリーに尋ねる。
「司祭様……夫を治していただけましょうか?」
ミウリーは黙った。ジョンの妻はミウリーの足元に縋る。
「夫は! 夫は司祭様の聖務の手伝いをして怪我をしたのでしょう!?」
「うむ、治さぬと言っているわけではない。だが今は、まだその聖務の最中である。この後も聖術を行使する神力が必要なのだ」
つまり、後回しにすると言っているのであるが、それは実質的に嘘であると分かっている。ミウリーが聖水を飲み、魔力を回復させたのはもう一度、〈血縁転移〉の秘術を使うためなのだから。
彼がここに戻ってくることはあるまい。サリーはマメーに尋ねた。
「え、エミリア! あんた魔女やってるんだろう? なんとか治せないの!?」
「えっと……。すごい『こーがんむちむち』なことをいうね?」
マメーはあまりにもびっくりした。凄い厚顔無恥なのでこーがんむちむちと言ってしまうくらいなのだ。
「マメーはエミリアじゃない。それで、なおせないし、なおさないよ」
マメーが治したことがあるのは青ゴラピーだけである。まだ人間に対して治癒の魔術を使ったことはない。それに仮に治せたとして、誰が自分を捕まえようとしている者を治すというのだろうか。
「あんたっ!」
マメーの母であった人物は激昂し、手を振り上げる。それはマメーに数年前のことを思い起こさせ、身体を硬直させた。
「ピキッ!」
赤いゴラピーはマメーの肩の上で蔦を伸ばせるよう構えたが、彼女の手が振り下ろされることはなかった。ミウリー司祭が咳払いをしたからだ。
「すまないが、そのような真似をしている暇はないのだ。魔女がいつ追ってくるのかわからないのだから」
「ですが!」
ミウリーが顎をしゃくると、従者の一人が倒れるジョンの前に金貨を数枚落として言った。
「これだけあれば治療費には十分であろう。既に金は与えているのだ。これ以上欲をかくなよ」
ミウリーはマメーの肩に手を置いた。
「さあ、マメーよ、転移するぞ」
「いやっ!」
「わがままを申すでない」
マメーやゴラピーが抵抗する暇もなかった。再び転移による独特な浮遊感がマメーの身を包む。
「ドロテっ……」
マメーの元母が何かを叫ぼうとし、それが中途半端に途絶えた。マメーとミウリーがその場から再び転移したのである。
マメーは思う。ドロテアと言おうとしていた。そう言えばさっきの小屋に母や兄はいたけど、彼女の姿は見ていない。
「んにゃっ!」
マメーは再び転んだ。何やら絨毯のようなものの上で痛くはない。馬のいななきが外から響く。どうやら今度は馬車の中のようだった。
「エミリア」
憎々しげな声が頭上から落ちる。
「……ねーちゃ」
馬車の中にはドロテアが座っていたのだった。








