第146話:マメーはししょーんちのこだもの!
マメーは一瞬、びくりと身を震わせたが、すうはぁと深呼吸をして気分を落ち着かせ、そしてぱちくりと目をまたたかせた。
「おじさんなあに? マメーはマメーだよ」
「い、いや。お前はエミリアだし、私はお前、エミリアの父だ」
「ふーん?」
マメーはこてんと首を倒した。
「だったとしても、もうかんけーないよね?」
うぐっとジョンは言葉に詰まるが、ミウリー司祭が隣で咳払いをひとつ。ジョンは震える声で語り始める。
「あ、あるさ! エミリア! ウチへ帰ろう!」
マメーの顔に、きゅっと皺がよった。
「や! マメーはししょーんちのこだもの! エミリアじゃないし、おじさんのこじゃないもの!」
「いいや、お前は俺の子エミリアだ!」
ジョンはマメーの言葉に被せるように叫び、マメーはたしたしと地団駄を踏む。
師匠はかつり、と地面を杖の先で叩いた。決して大きな音ではなかったが、マメーとジョンの動きと声が止まる。
師匠は問う。
「……ジョンよ、あんたは王国の騎士ルイス・ナイアントの前でこの娘マメーと、あんたの娘エミリアは無関係だと述べた。それは虚偽であったというのかい?」
「であればその件は陛下に報告せねばなりませんな」
ランセイルもそう続けた。うっ、とジョンの顔色が悪くなる。
無論、エミリアとはマメーのことである。だが、そうであると主張するのなら、代官という立場でありながら自らの娘を捨てたということがつまびらかとする。
そう伝えられて先日は、エミリアとマメーは無関係であるとジョンは宣言した。だが、それを覆してきたのだ。
「赦されたのだよ」
ミウリーが言った。
「彼は、忠実なる神の僕たるジョンは、愛する娘を森に置き去りにしてしまったことに罪の意識を抱いていた。そしてその露見を恐れるために嘘をついてしまった。それを私に告解し、私を通じて神はそれを赦されたのだ」
朗々と語るその声はいかにも司祭らしく響くが、どこか演技じみていた。なるほど確かに犯した罪を告白し、それに赦しを与えるというのは神殿の司祭が行うべき務めであろう。だがそれが建前にすぎないと、ここにいる誰もが理解している故の空虚さであった。
ランセイルが言う。
「ジョンなる男よ。親として、人としての罪は神殿に赦されたかもしれぬが、代官の職務としては別だと分かっているか」
この世界にはいくつかの超国家的組織がある。商業や冒険者の組合、魔女集会、そして神殿だ。
魔女は個々の力は強いが人数が少なすぎて組織としての影響力は低いが、世俗に最も強い影響力を与えるのは神殿である。
その神殿が赦しを与えた以上、国家がジョンを罪として問うことは難しい。だが、代官として不適であるというのは別である。つまり解雇される可能性が極めて高いということをランセイルは伝えたのだ。
「……はい、承知しております」
だがジョンは顔を青ざめさせつつもそう答えた。
「脅迫……いや違うねぇ」
師匠はふん、と鼻を鳴らした。
「金を積まれて転んだね」
つまり、それを語ることでジョンはミウリーから何らかの報酬を得たということだ。おそらくはこの辺境の村では一生かかっても得られないほどの金を。
ジョンはそこまで知られたことに明らかに動揺している様子を示したが、それに答えることはなかった。
「さあ、エミリア。一緒に帰るんだ!」
そう言いながらずいと前に出て、マメーの腕を掴んだ。
「や!」
マメーが拒絶する。
そこからは複数のことが同時に起きた。
まず、マメーの腕を掴んだジョンの手でばちりと火花が上がり、袖口に火がついた。外に出る前に師匠がかけた防御の魔術によるものであった。
思わずジョンが手を離し、逆の手で自らの腕を押さえて悲鳴を上げる。
「ちっ、役立たずが……」
ミウリーは小さく悪態をついた。
「ピキー!」
「ピッ!」
「ピュー!」
マメーのローブのフードからゴラピーたちの怒った鳴き声が上がった。そして三本の植物の蔓がフードからにょきにょきと伸びていき、ジョンの身体を拘束して転倒させた。以前、ゴラピーたちがお城の廊下で貴族の男を転ばせた技であった。
「随分、野蛮な真似をするじゃぁないか」
師匠とランセイルは杖を油断なく構え、ジョンやミウリー、神殿騎士たちに視線をやっている。
「これはジョンめ、なんたる真似を!」
ミウリーはさも驚いたかのようにそう言った。
「改めて謝罪させましょうぞ! 火を消していただいても?」
「……変な真似すんじゃないよ」
師匠は杖を構えたまま、ふっと息を吹くような仕草をすれば、ジョンの右腕の火は消えた。
ミウリーは考える。ミウリーがジョンを連れてきた目的、それはジョンをマメーに触れさせることである。目的を達したかに思えたが、ジョンは手をすぐに離してしまった。
「……根性なしめ」
ミウリーは声には出さず内心で毒づく。
これでもう、ジョンをマメーに触れさせるような機会は得られないだろう。だが……。
ミウリーは見た。マメーの身体から伸びている蔦がジョンを拘束しているのを。つまりそれはジョンとマメーが魔法を通じて繋がっているのではないかと。
どのみちもう機会は他にないのである。ミウリーは秘していた聖術を発動させた。
ミウリーとジョン、そしてマメーの姿がその場から掻き消えた。
「……やられた」
師匠は天を仰いだ。








