第140話:しさいさんたちまたきたよー。
黄色いゴラピーが〈光〉の魔術を発動できるようになってから数日が経った。勉強というのはなんだってそうであるが、反復と定着が必要である。マメーは師匠とランセイルの前で毎日、ゴラピーたちに魔術を発動させた。
その度にランセイルは驚愕をすることになったのだ。
さて、いまは食事、朝食の時間である。三人が卓を囲み、三匹が卓上のボウルの中で寝そべっていると、師匠が突然、はぁっと大きなため息をついた。
「ほひはほひひょー」
あむあむとパンをかじりながらマメーが尋ねる。
「……食ってから喋んな」
マメーはもぐもぐと口を動かし、改めて尋ねた。
「どしたの? ししょー」
「この前、神殿の司祭がきただろう」
「えーっとえーっと、ばんちょーなかみをほーする……」
「ばんちょーではなく、万物の長たる偉大な神を奉ずる神殿、ですね」
食事を共にしているランセイルが訂正した。
「そうそれ。そこのミウリーさん」
「あいつまた向かってきているね」
「ふーん」
マメーはあまり興味がないのか、再びパンをかじりだした。ランセイルが食器を置く。
「おや、それは……」
ランセイルは笑みを浮かべた。そもそも彼はこのために森へとやってきたのである。やっと来たか、というくらいであった。
「ま、何もしなきゃ昼過ぎには着くだろうね」
彼ははっと気づく。
「グラニッピナ師」
「なにさね」
「ここにいらっしゃいながら、森の中のことが分かりますので?」
「そりゃそうさ。もちろん、全てを見通しているってわけじゃあないが、少なくともその司祭らは戻ってくるだろうと注意していたからね」
ふむ、とランセイルは考える。おそらくはなんらかの使い魔と感覚を共有することで監視していたのであろうと。少なくともこの家に滞在しているだけでも蜘蛛やカエル、フクロウといった使い魔がいるのがわかる。
つまり、森の中にいれば野生の動物や昆虫と見分けがつかず、知らず監視されているということになるだろう。
「そんでマメーよ」
「ふぁい」
「お前の元親父のジョンも来ているがどうするね?」
マメーはぽろりとパンを落とした。
「ピキ?」
「ピ?」
「ピュ?」
ゴラピーたちがざぶざぶとボウルから出てきて、卓上に転がったパンを拾って持ち上げ、はいとマメーに渡す。
マメーはそれを受け取りつつ、ありがとうと言ったが、呆然としている様子ではあった。
「なんで……?」
「さてね。あんたが会うのも嫌だっていうならこのまま森の中で永遠に迷わせてもいいし、強力な魔獣をけしかけて死んでもらうことだってできるが」
マメーは首を横に振った。
「いい、だいじょぶ」
「ピ〜?」
マメーの不安を感じているのか、黄色いのがマメーの指に手をかける。だがマメーは彼らに向けて笑みを浮かべてみせた。
「ししょーもランセイルもいるしだいじょーぶ。もちろんゴラピーたちもいるしね!」
そしてそれから数刻、いつも通り、水やりなどの午前中の日課をすませて来客を待つ。
コンコン。
ドアのノッカーが響いた。師匠とマメーとランセイルとゴラピーたちは目配せを交わす。師匠はゴラピーたちを手招きし、彼らは師匠のローブの中にひょいひょいと隠れていった。
「どなた?」
いつものように扉の前でマメーは尋ねる。
扉の向こうで咳払いが一つ、そして男性の声が発せられた。
「疾く、扉を開けられよ。我は万物の長たる偉大な神を奉ずる神殿が司祭、ミウリーである。マメーを迎えに再度、この庵まで足を運んだのである」
マメーは扉の脇に置かれている水晶をちらりと見る。それは赤く輝いていた。強い光ではないが、どこか禍々しい色であった。
師匠の魔術がかけられた魔法の水晶だ。人の悪意や嘘に反応するものである。
マメーははっと息を呑み、そして眉をきゅっと悲しげに寄せた。
「ミウリーさん、あなたをおまねきできないの」
「何を言うか! 神殿の司祭に開かれぬ扉はないぞ」
ミウリーの言葉は最初に来た時とほぼ同じである。そして前回、彼が来た時にここの水晶は輝かなかったのだから、彼が嘘をついていたり悪意があるわけではないのだ。彼は本心、マメーが神殿に招かれることを光栄なことと思っているからである。
ではなぜ水晶が赤く輝いたのか。
それは悪心を持つ者が共にいるからに他ならない。そしてそれが自分の父であったジョンであることがマメーには悲しいのだった。
「あのね、ミウリーさんはわるくないのよ。でもわるいひとといっしょにいるのはだめなのよ」
ミウリーはそこまで魔女に詳しいわけではないが、どうやら何らかの力でジョンが一緒にいるというのを彼女たちが見ているようだと察した。だが、彼はこの交渉に必要なのである。
そこでミウリーは彼にしては珍しく、極めて珍しく譲歩することとした。
「ではこの庵に招かれることは諦めよう。この扉より離れて待つので、庵の前まで出てきて話してもらおうと、汝の師たる魔女に伝えてもらえぬか」
マメーは師匠を振り返る。
師匠はため息をつき、がりがりと頭を掻いた。
「どーしよ」
「別に放っておいても構わないんだが、居座られて畑なぞ荒らされても面倒だしね」
「ん」
「マメーどうしたい?」
「おはなしする」
「そうかい」
師匠は杖を取り、立ち上がった。








