第142話:ひつよーだよ!
「何ですかこの珍現象は……」
「ちんげんしょーだって、あははー」
卓の上でチョウチンアンコウのように頭から生えた花を光らせるゴラピーを見つめて、ランセイルは唸るが、マメーは笑った。
「いや、流石は小さな賢人殿だ。不才如きの頭では理解できぬ」
「ふん、あたしにも理解できちゃあいないんだがねえ」
師匠は卓に頬杖をついてゴラピーたちを眺めていた。師匠とてこの現象に説明をつけられないし、逆にもう考えるだけ無駄だなとすら思っている。
それはそれとして、しばし待っても光が消えないので師匠は尋ねる。
「マメー、まだ魔力を込めているのかい?」
「ううん、してないよー」
魔術には一度唱えれば魔力を消費し続けている限り効果が維持できるものがあり、〈光〉もその一種である。
「ゴラピーよ、あんた自分の魔力使っているだろ」
「ピ?」
黄色いゴラピーは師匠を見上げて首を傾げる。
「ピ、じゃねーのよ。魔法が使えて嬉しいのは分かったから、自分の魔力使うのはやめな。〈光〉なんざ魔力消費ほとんどないが、あんたの身体だってちっこいんだからね」
「ピ」
一般的に、小さい生き物の方が保有できる魔力は少ないことが多い。ゴラピーはマンドラゴラ由来の魔法生物なので、大きさに対してはかなり多くの魔力を有しているはずだが、それでも魔女とは比べるべくもない。
光はゆっくりと弱くなり、そして消えた。マメーが窓を開けにいき、部屋が明るくなる。
そして戻ってきて、ゴラピーを撫でた。
「えへへ、よかったね」
ゴラピーたちはピキピーピューとマメーの手に群がった。
「ふふ、くすぐったい」
「マメーの魔術をゴラピーが発動する……?」
「そだよー、まほーはゴラピーからでる」
「赤いゴラピーと青いゴラピーは既に魔術を使える……発動できるのですか?」
「あかいのが〈はっか〉、あおいのが〈みずたんち〉」
「ピキ」
「ピュ」
呼ばれたと思ったのか赤いのと青いのが手をあげた。
「それでいま、きいろいのが〈ひかり〉」
「ピ!」
黄色いのがげんきよく手を上げた。
「たぶんだけど。ひぞくせーの、ほかのまほーおぼえると、あかいのがつかう。みずならあお、ひかりはきいろ」
「他の属性は……」
「しょくぶちゅはだいじょぶ。ほかはまだむり」
マメーが準特化型植物系であるとランセイルは聞いている。
ゴラピーを生むのがマメーの植物系の魔術の一端であり、他属性の魔術はゴラピーを介することでしか使えないということだろうか。とランセイルは理解した。
「ランセイルにそこまで教えてやる必要があるのかねぇ?」
師匠は呟く。魔女や魔術師が手の内を明かすことは、あまり褒められたことではないのだ。いくらマメーが親しみを感じているとはいえ、少々脇が甘すぎるように感じた。
例えば彼女は自らの秘術を、弟子のマメーや妹弟子のブリギットにすら教えていないのだから。それを知るのはグラニッピナと彼女の師匠だけだが、その師匠も存命ではない。
「ひつよーだよ!」
マメーは宣言した。逆にランセイルの方が首を傾げる。実際、マメーとランセイルが出会ってからの時間はそう長いものではないのである。
「幼き賢人よ。その信頼は身に余る光栄ですが、しかしなぜでしょうか」
「ランセイルはね、マメーのいもーとでしの、ルナちゃんのせんせーだからね」
ああ、と師匠は納得した。
「そういうことかい」
「うん、ししょーいってた。まじょのしてーかんけいはかぞくだって。『それはちのつながりよりも、おもいのさね』って」
その言葉は実の家族に虐げられ、捨てられたマメーにとっての福音だったのだ。五歳であった彼女の心に深く深く刻まれるほどに。
ランセイルは魔女の姉弟の絆に心を打たれた。
「ではルナ殿下は……」
「ルナちゃんは、マメーよりとしうえだし、まじょにはならないかもしれないし、とおくはなれているけど、だいじないもうと。ルナちゃんにいま、まほーおしえてるのはランセイルなんだからたいせつ」
「不才にそう言っていただけるとは……心より感謝を」
「ん」
ランセイルが椅子から降りてマメーに膝を折り、マメーは満足そうに頷いた。
師匠はランセイルが再び席につくのを待ってから尋ねた。
「マメー、あんたは王女さんにもこれができると思っているのかい?」
マメーは少し考えこんで、ランセイルを見上げた。
「ランセイル。ルナちゃんはにくたいそーさのまほーつかうと、ちゃんとじぶんにかかるのよね?」
「ええ、ゴラピーではなく、殿下ご自身の身体に魔術がかかりますね」
ルナ王女と小麦色のゴラピーは使い魔のような関係であるが、マメーが預けているという形でもある。それはマメーと赤黄青のゴラピーとの関係と同じであるとも言い難い。ルナ王女はまた魔力の放出ができないという体質でもある。
つまり……、マメーにはよくわからなかった。
「わかんないけど、たぶんできないんじゃないかな」
少なくとも現状そうなってはいないのだ。でもマメーにはわかっていることがある。
「でもね、『これができるかもしれない』としっておくことはだいじなのよ」
再び、ランセイルは頭を下げたのだった。
「ご深慮、感謝いたします」








