第139話:かえるさんにむしあげます!
うん? とランセイルが振り返った時には、マメーはわざとらしくそっぽを向いていた。
「ひゅーすすー」
ランセイルがじっと見ていると、全く鳴っていない口笛など吹き始めた。
彼としてはマメーも知る人物なのだろうかと思うところであるが。あまり追及してグラニッピナ師の心証を悪くするわけにもいかないのだ。
「賢人殿は素直でよろしいですな」
そう言うにとどめ、三人は作業を始めたのだった。
マメーは無造作に伸びた枝をちょきんと落として籠に入れる。
「ピキ」
その籠に赤いのがてちてちと歩いて、地面に落ちていた薬草の種を拾い、ぽいと籠に入れた。
「ピー」
「ピュー」
黄色いのと青いのはマメーの魔術で新しく地面に生えてしまった雑草の芽を引っこ抜くと、ぽいとバケツに入れた。
「そーいえばさー、ししょーはさー」
「何さね」
二人は仕事の手を止めることなく話す。
「なんで、マメーがまじゅちゅつかったって、おうちのなかでわかったの?」
「……あんたねえ、仮にも達人って言われてる魔女の魔力感知なめちゃいけないよ。意識向けてなくてもこの家の周りで魔術使われりゃ、それくらいわかるわ」
ランセイルも作業をしながら頷く。
魔術師や魔女にとって魔力の感知や、逆に隠匿というのは生命線である。例えば戦場において、敵軍のどこに魔術師がいるか知ること、あるいは自軍の魔術師の居場所を知られないことは極めて重要なのだ。
「そっかー」
「ま、今回はそれ以前の話だったがね」
「んー?」
「壁で乾燥させてる薬草がいきなり咲き出したら、何かマメーがしでかしたって思うだろうよ」
あははー、と無邪気にマメーは笑う。ランセイルは思わず手を止める。ほぼ枯れている植物の花が咲くとは、尋常な魔術ではありえないためだ。
だが、グラニッピナ師はマメーならそれくらいやる、そうわかっているのである。恐るべき幼女であった。
マメーとゴラピーたちは楽しそうに作業を続ける。一旦、師匠が自分の管理している方の薬草園に行くなどもしたが、なんだかんだで一時間ほどかけて仕事は終わったのだった。
「だいたいおわった!」
マメーはばんざいした。ピキピーピューとゴラピーたちもばんざいする。
「終わりですか?」
「ピュ」
ランセイルの問いに、青いゴラピーは今日、ゴミ入れとして使っていたバケツをぺちぺち叩く。
「うん、ちょっとまってー。さいごにねー」
マメーはバケツの中から何かを取り出した。ランセイルは思わず顔をしかめる。マメーの指の間で、葉っぱを食べる青虫がうねうねと身をくねらせていたからだ。
「幼き賢人よ、淑女はそういったものを摘んで見せるようなものではありません」
師匠はくけけ、と笑った。
「森の中で暮らしてんだから、虫はいつでも隣にいんのさ。淑女にゃなれないね」
実のところ、師匠の家の中は、彼女の使い魔の蜘蛛がせっせと虫を食べたりしているので、こんなところに住んでいるにしては驚くほど虫害が少ないのだが。
「これはねー、かえるさんにあげるの!」
「蛙」
そう言ってマメーはバケツを持ってぴゃっと駆け出した。ゴラピーたちもてちてち後を追う。
「ししょーのかえるさん」
「……蛙さん」
ランセイルも後を追う。師匠は動かずに沼へと向かう彼らを視線で追った。
「げっこげこげこ、かえるさん」
マメーがカエルの鳴き声を真似て呼ぶ。
沼から二つの目が浮かび上がり、それはすいっと音もなく岸へと近づくと、ずるりとその茶色い身体を岸へとあげた。巨大なヒキガエルである。
「むしたべるー?」
「げこ」
マメーとゴラピーたちがカエルの前にせっせと虫を置いていく。普段はそれをぺろりとたいらげるカエルであるが、今日はぼちゃりと沼の中に身を踊らせた。
「あれー、かえっちゃうの?」
「ピキー?」
マメーとゴラピーたちは首を傾げる。だがカエルは一度遠くに行くと、すぐに戻ってきた。
「げこ」
カエルは再びずるりと陸地に上がると、べたべたとマメーの前へと進む。
「ピュ、ピュ!?」
いや、違う。ゴラピーたちの前、それも青いゴラピーの前に進んだのである。
カエルはぬうっと水かきのついた手を青いのの頭にやり、そして手を離す。
「ピュ?」
青いのが頭に触ると、そこには緑色の丸いものがくっついていた。それはマメーの指くらいにちっちゃな、真ん丸の蓮の葉っぱであった。
「げこ」
カエルは『やる』とでも言ったのか、ひと鳴きすると、虫の山に向かって、ぺろりと舌を伸ばした。
「ピュ? ピュピュ!」
青いゴラピーは葉っぱを掲げて、わあいととびあがった。
この沼の奥には蓮が生えている。蓮は根がレンコンとして食用であり、喉の痛みに効くというのが有名だが、薬としては種子が鎮静や胃薬として、花托も葉も、どこも薬草として有用なのであった。
まだ小さい葉っぱを青いゴラピーのためにくれたのであろう。
「よかったねえ」
「ピュー!」
マメーがそう言うと、青いゴラピーは葉っぱを頭にくっつけてくるりと回り、赤いのと黄色いのもすごいすごいとてちてちちっちゃな手で拍手するのだった。








